6.
クリストファーは手紙を炎の中に投げ込んだ。もっと早くにそうしていても良かったものを。
自分の中にあった迷いを、笑い飛ばしてしまえたのなら楽なのに、彼は今に至っても唇を噛みしめるようなまねをしていた。
選択が間違っていたとは思わない。自分は何度でも同じことを繰り返すだろう。この手紙は渡さずに燃やす。なかったものに、無へと帰す。
あの男からの、手紙。彼女への手紙。アルジャノン・ハクスリーから、メアリーアン・エルドリッジへの。
よく名前を覚えていたものだ、と思う。たったあれだけの出会い、数字にすれば半刻もないほど。振り返れば、すれ違うと言ってしまってもいいだけの時間しか二人にはなかったのに。
近づくなと釘を刺したのは、他愛もない嫉妬からだっただろう。
彼は先年爵位を継いだばかり、権力の行使がおもしろい頃だったし、メアリーアンはまだ女学校に篭められていて「男性との接触などとんでもない」時代だった。
それは初めての「自分以外の男」だったというわけだ。
親しげな二人の距離が気に食わず、以降の接触を許さなかった。何を話していたのか、会話の断片、大まかにすら内容を聞くこともせず。
事が起きてみれば、なるほどと腑に落ちる。出会ったばかりだったというのに、秘密めいたあの様子。花嫁を見つめるメアリーアンの瞳に、若い娘であれば当然なはずの憧れの色などは全く見えなかった。
ちらちらとアルジャノンを見、困ったような顔をする、視線を落とす。
それは(当時彼が考えたように)恋を齧りかけたわけではなく、ただ彼らの想いを心配していたのであって、その割りにあっさりと言いつけに従ったのは、自分の手に負える問題ではないと考えたからなのだろう。
婚姻式は完成されていた。どうにもできるものではない。それに、三人は幸せそうにも見えた。いずれそれは過去となると、期待半分に思いもしたに違いない。
そうして五年。あの頃とは違う、もう子どもではない。事情を知ればメアリーアンは、あの頃の分もと全身で、彼の事情と向かい合ったことだろう。
そう。手紙を受け取ったなら。彼の言葉を知ったなら。
できることはあったかもしれない。あったのだろうと思う。
けれど、させるつもりはなかった。
おそらく状況は変わらなかったか、――あるいはもっと悪いことに、悲劇の登場人物が増えていたかもしれない話だ。
あの娘は感情移入が強すぎる。親身になって考えてくれる相手に人が持ち込む話など、不幸でない場合など稀。誰も彼もの気持ちに同調していては、いずれ共に身を滅ぼす羽目に陥る可能性は高まる一方だ。
人生という時を重ねていくほどに、問題は深刻さを増してゆく。感情は育つのだ。時は止まらないから。
時間の分だけ、アルジャノンの中ではその想いが積もっていった。一粒の小さな種は、日々の哀楽を栄養に成長を続け、やがて。
咲いた花は、
……どんな色に染まっていたのだろう。
彼ら三人に、どんな風に視えたのだろう。
ボスコーゲイトの惨劇
十七日夜、領主館からの通報により駆けつけた警官は、二階の一室で三名の遺体を確認した。館主ルパート・ハクスリー氏とその弟であるアルジャノン・ハクスリー氏は窓の側に折り重なって倒れ、ルパート氏の妻、ハクスリー夫人は扉に寄りかかるようにして絶命していた。いずれも胸に銃弾の痕を認めたものである。扉及びすべての窓は施錠されており、同室内にて二挺の拳銃を発見したことから、三名の間に何らかの諍いが起こった結果の悲劇と推察されるが、警察は未だ詳細を発表せず。検視審問は二十二日の午前十時からの予定――




