4.
「ここか」
目が見慣れた姿を映すのが先だったか、声に安堵したのが先だったのか。メアリーアンは顔をほころばせて叫んだ。
「クリス!」
現れた青年に応える笑みの持ち合わせはないらしく、表情を崩さぬまま、温度の感じられない視線をちらと送り、
「部屋にいるはずが蛻の殻で、こんなところで日光浴とは。ミス・カルーは錯乱寸前だよ。離れずに側で見張っていれば良かったのに、他所で何をしていたのかは知らないけれど」
「まぁ。何をしていたのかしら」
「それはさして重要ではない問題だな。僕にはその前に解くべき重大な問題がある。君のことだけれどね」
とまで言いかけて彼は口を閉じた。瞬時に冷たく変化した表情。その視線を追い、メアリーアンは後ろを振り返る。
膝に肘をついたアルジャノンの姿があった。愛想の良い笑顔を浮かべている。けれど空気は、綻ばない。
「ローダーディルじゃないか。君が来ているとは知らなかった。よく来たねぇ。なんの義理? 誰が呼んだの?」
「サー・ローレンスがお招きになったのは僕の大伯母のレディ・シェルドンですよ。僕らはおまけのマスコットです」
「へぇ。するとこちらは君の妹? 姉さんはいなくても兄さんはいたんだ」
「いいえ。従妹です」
すぱんと断ち切るようなクリスの言い方に、アルジャノンは不快そうに眉を顰めた。途端に声に棘が現れる。
「それだけ? 紹介とかしなよ」
「それだけです。後ほど会場で改めて。機会がもしあれば。戻ろう、メアリーアン。騒ぎを起こして良い場所ではない」
「はい。ごめんなさい」
飛び交う言葉の間で、表情をくるくる変えていた娘は、のろのろと立ち上がった。二人の男の間で幾度、首を振ったことだろう。
スカートの土を掃おうとしかけた手は、強引につかまれ動きを止める。
「ごめんなさい、アルジャノン」
手を引かれながらも振り返ろうとし、肩越しに彼女は世にもすまなそうな顔で謝った。
馬鹿な。敵同士でもあるまいに。引き裂かれる恋人たちか? この世にはふたつの色の薔薇しかない。もっとも君が相手なら――思い、笑う。嗤った。なんの障害もあろうものか。
その時にまた、草が割れ、
「私、思うの。気持ちはちゃんと伝えなくちゃ。きっと、もっと辛くなる」
ひどく深刻な顔、切羽詰った早口、両手を握られていた。きゅう、と力が込められる。それだけが確かなものであるかのように。そして見上げる瞳は眩しく輝き、告げる言葉は、
「がんばって」
草音が再び遠ざかっていく。今度はアルジャノンは最後まで聞きとどけた。苛々と待っていたのであろう青年の早足が加わり、リズムの異なるふたつがやがて、消えるまで。
あるのは草原の静寂。注ぐ光に目映い緑。彼は。
「従妹か」
つぶやき、俯いて、アルジャノンは、髪をかき回した。
丘を風が吹きぬける。
けれど彼は気が付かない。
――風など。




