2.
「そう。やると言ったのは僕なんだが、覚えられないのもこの僕だ。簡単な言葉なのに出てこない。忘れてしまう。口が動かない」
ふう。盛大なため息が挟まった。手の先の草が揺れるほど。
「嫌になるな。なんでかなー」
「どうしてやるなんて言っちゃったの? 苦手なのだったらやめておけば良かったのに。頼まれて断れなかったの?」
「お祝いの気持ちを盛り上げようと思ったんだよ」
「結婚式なんて、詩なんてなくても盛り上がるでしょう?」
「盛り上げたいのは、自分の中の気持ちだよ。この空のように、屈託なく祝えたらどんなにね」
この空。彼はそう言いながら、決してその空を見ようとはせず、むしろ顔は俯けている。そしてまた息が漏れた。
乱れた髪の向こうを覗き込むようにして見ていたメアリーアンは、憂鬱この上ないといった顔が、案外と整っていることに、今気付いた。
……素敵?
かしら?
「君、いくつ?」
質問を受け、身を引いた。察されてはいけないことを考えめぐらせていたのだ。幸い彼は気にする様子もなく、ただ答を待っている。
「十四になったわ」
「微妙だなー。十四かぁ。でもその頃だったかな。僕がローラに出会って……」
視線が宙に浮く。若さに相応しくない、時のヴェールを捲るような表情になった。
遥かに時を遡る。時間間隔は個々それぞれのものだとはいえ、ほんの五年ほどにしては遠過ぎる視線だ。
「君、本当に十四? もう少しちっちゃくない? 年くらい本当のことを言ってよ」
「名前だって本当よ。年も本当。数えた記憶のある三つのときから間違っていなければ」
「後半が余計だな。可愛げがないよ。そんな君に、姉さんっている?」
「いいえ。妹なら、一人」
「むしろ妹の方と話がしたいな。来てるの?」
「まさか。ミニーはまだ三つにならないのよ。年だって数えられない年よ」
こほんと。咳払いをひとつ。
「ナニーも一緒でよろしければ、お席を整えるけれど。後ほど、ご都合のよろしいときに」
「君はなかなか腹立たしいガキだな。頭がいいでは済まない場合のほうが多いんだぞ、特に女の場合はさ。大きくなる前に気をつけることを覚えときなよ」
「アドバイスね。ありがとう、アルジャノン」
にこりと邪気のない微笑みを受けて彼は、これ見よがしの息をついた。
「姉さんがいたらわかりやすいと思ったのに。それで、彼女の婚約者を愛していたりしてくれたら、僕の話がよく理解できたと思ったんだ」
なるほど。
「状況は複雑なのね」
「十四の娘にはそうかもね。一般的にはそうでもない。むしろわかりやすいくらいだ。よくある話なんじゃないか? この間もなにか、芝居に見たよ」
声は呟きに近く、低いこと低いこと。そして一層つまらなそうな表情になり、土に構わずに仰向けに転がった。
瞳に空が映ったが、それは彼には意味のないもののようだ。青さも爽やかさも、なんということはなく。
「でも僕は現実だから、つらいなぁ。ああいう話を書いたやつは、そんな経験をしていたのかもしれないよね。そいつに聞いてみたいよ。どうやって結婚式を乗り切ったのかをさ」
ブルーに染まるグリーンの瞳を、メアリーアンは覗き込んだ。言葉は出てこない。見下ろす彼の哀しげな瞳が、ただ可哀相だと思う。
はらりと落ちた彼女の髪に、彼は指を絡ませた。陽射しに輝く金の一房。この眩しさに、夢をみることができたなら。
「詩を暗誦したかもしれないわよ」
少女の声が言う。彼の望む声では、ない。
「あぁ、そうかもしれない。僕のこのやり方が、最高の御し方なのかもしれないよね。とは言え、詩は憶えきれてないんだけど。もう間に合わない。君のせいだぞ」
「え。なぜ?」
「邪魔をしているじゃないか。僕の貴重な時間を奪っている」
そうかしら。
胸の内で呟く。邪魔だと口にしながらも、むしろ話を展開させているのは彼のほうなのだ。
おかしな人。
メアリーアンは手を伸ばし、彼の足元の紙を拾い上げた。風に飛ばぬよう載せられていた拳ほどの石の下に、幾度も開かれ畳まれを繰り返したことがよくわかる紙が一枚。




