【最終話】 『あなたを殺したのは私です』
動画が始まる。
映像は薄暗い。
学校の空き教室だった。
神谷悠真が映っている。
少し疲れた顔。
それでも穏やかな笑顔。
美咲は思わず口元を押さえた。
久しぶりだった。
夫の笑顔を見るのは。
「もしこの動画が再生されているなら」
画面の中の神谷が言う。
「私はもう死んでいるのでしょう」
誰も言葉を発しない。
「まず謝ります」
「美咲」
「ごめん」
「娘を頼む」
美咲の涙が溢れた。
「そして」
「この動画を見ている人へ」
神谷は少しだけ笑った。
「たぶん皆は犯人を探していると思う」
「私を殺した犯人を」
画面の向こうで神谷は首を振る。
「でも」
「違います」
静かな声だった。
「私を殺した人は一人じゃない」
部屋が静まり返る。
「理事長でもない」
「三浦先生でもない」
「白石隆一でもない」
神谷は真っ直ぐカメラを見る。
「もちろん」
「私を橋から突き落とした人でもない」
全員が息を呑む。
神谷は。
真犯人を知っていた。
だが。
名前を言わない。
「私を殺したのは」
少し沈黙する。
そして。
微笑んだ。
「私です」
美咲が顔を上げる。
神谷の目は穏やかだった。
「もっと早く気付けた」
「もっと早く動けた」
「助けを求める声を」
「聞いていたはずだった」
朝倉結衣。
高坂遼。
白石千尋。
名前のない子どもたち。
「でも私は」
「忙しいを言い訳にした」
「仕方ないを言い訳にした」
「誰かがやると思った」
神谷は目を伏せる。
「だから私は」
「教師として負けた」
その言葉は重かった。
責任を押し付けるためではない。
自分自身への告白だった。
「でも」
神谷は再び顔を上げる。
「これは私だけの罪じゃない」
「誰かが見て見ぬふりをした」
「誰かが黙った」
「誰かが諦めた」
「その全部が積み重なって」
「一人の子どもを殺す」
神谷は静かに言う。
「だからお願いです」
「犯人を憎むだけで終わらないでください」
「次の子を助けてください」
「それだけでいい」
沈黙。
そして。
神谷は最後に笑った。
教師の顔だった。
「結衣」
「ごめんな」
「遅くなった」
結衣の瞳から涙が零れる。
「高坂」
「よく頑張ったな」
「千尋さん」
「生きてくれてありがとう」
神谷は深く息を吐く。
そして。
「美咲」
「愛してる」
美咲は泣き崩れた。
動画が終わる。
画面が暗くなる。
誰も動かない。
長い沈黙。
その時だった。
神谷はふと気付く。
窓の外。
朝日が昇っている。
長かった夜が終わる。
結衣が振り返る。
「先生」
笑っていた。
初めて。
本当に穏やかに。
「ありがとうございました」
神谷は何も言えない。
結衣の身体が光に包まれる。
ゆっくり。
本当にゆっくり。
空へ溶けていく。
「先生」
「今度はちゃんと」
「幸せになります」
それが最後だった。
朝倉結衣は消えた。
神谷は空を見上げる。
涙は出なかった。
ただ。
少しだけ。
救われた気がした。
一年後。
学校は変わった。
相談窓口が増えた。
記録は残されるようになった。
完璧ではない。
それでも。
前より少しだけ良くなった。
美咲は娘の手を引いて歩いている。
白石千尋は孫と笑っている。
三浦は退職した。
理事長は裁かれた。
そして。
神谷悠真は。
誰の記憶からも消えなかった。
なぜなら。
人は二度死ぬからだ。
一度目は命が終わる時。
二度目は忘れられる時。
神谷はまだ生きていた。
誰かの心の中で。
ずっと。
【完】
最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。
『あなたを殺したのは私です』は、犯人探しの物語として書き始めました。
けれど書き進めるうちに、私の中では少し違う物語になっていきました。
人は誰でも、「あの時こうしていれば」という後悔を抱えて生きています。
もっと優しい言葉をかければよかった。
もっと話を聞けばよかった。
もっと大切にすればよかった。
そんな思いは、時間が経っても消えることがありません。
この作品に登場する神谷も、朝倉結衣も、白石千尋も、それぞれ後悔を抱えています。
そしてきっと、読んでくださった皆様にも、それぞれの後悔があるのではないかと思います。
過去を変えることはできません。
失った時間も戻りません。
それでも、人は誰かを想い続けることができます。
その想いは決して無駄ではないと、私は信じています。
もしこの物語が、誰かを大切にしたいと思うきっかけになれたなら、作者としてこれ以上の喜びはありません。
最後に、あなたの大切な人が今日も笑顔でいてくれることを願っています。
ありがとうございました。




