【最終章 約束の墓標】 『第27話 最後の名前』
店内は静まり返っていた。
白石千尋の言葉が、
誰の胸にも重く沈んでいる。
『一番上がいる』
その一言。
理事長ですら末端。
神谷は寒気を覚えた。
二十五年間。
何十人もの子どもたち。
無数の教師。
消された記録。
それら全ての上にいる人間。
そんな存在が本当にいるのか。
「USBを見せてください」
千尋が言った。
相沢がノートパソコンを回す。
USBの中には大量のデータ。
相談記録。
面談記録。
会議録。
内部資料。
その中に。
一つだけ暗号化されたフォルダがあった。
誰も開けなかった場所。
神谷が最後まで守った場所。
「パスワードは?」
相沢が尋ねる。
誰も知らない。
その時。
美咲が小さく呟いた。
「娘の誕生日」
全員が振り向く。
「主人ならそうする」
神谷は苦笑した。
その通りだった。
入力。
画面が開く。
そこには一つのファイル。
タイトル。
『最後の名前』
全員の呼吸が止まる。
クリック。
画面が開いた。
そして。
そこに並んでいたのは。
名前。
名前。
名前。
理事長。
元校長。
教育委員会関係者。
児童相談所職員。
神谷が集めた記録だった。
誰が何を知っていたか。
誰が何を見逃したか。
誰が報告書を書き換えたか。
一人ひとり。
逃げ道のない形で記録されている。
理事長が椅子にもたれた。
「終わった……」
初めて聞く弱々しい声。
しかし。
千尋は首を振った。
「違います」
そして。
画面を下へスクロールする。
最下段。
そこにあった名前を見て。
三浦が立ち上がった。
「まさか……」
理事長の顔から血の気が消える。
教頭が息を呑む。
神谷も凍り付いた。
その名前は。
誰も予想していなかった。
『白石隆一』
店内が静まり返る。
白石。
千尋と同じ姓。
美咲が呟く。
「お父さん……?」
千尋はゆっくり頷いた。
目を閉じる。
「私の父です」
神谷は言葉を失う。
千尋が消えた理由。
誰にも助けを求めなくなった理由。
全てが繋がる。
「父は県議会議員でした」
「教育行政にも影響力があった」
「だから守られた」
静かな声だった。
しかし。
その静けさが痛かった。
「私が助けを求めても」
「全部消された」
「報告書も」
「証言も」
「診断書も」
神谷は拳を握る。
結衣と同じだ。
高坂と同じだ。
繰り返されていた。
ずっと。
「神谷先生は」
千尋が言う。
「最後に父へ辿り着きました」
神谷の記憶が震える。
そうだ。
橋へ向かう前。
自分は最後の資料を見つけた。
全ての始まり。
白石隆一。
その名前を。
「でも父はもう死んでいます」
千尋が続ける。
「三年前に」
沈黙。
「じゃあ終わりじゃないですか」
相沢が言う。
しかし。
千尋は首を振った。
「終わっていません」
「父は死んだ」
「でも仕組みは残った」
神谷は理解する。
敵は一人ではなかった。
名前ではない。
構造だった。
誰かが見捨て。
誰かが黙り。
誰かが目を逸らす。
その積み重ね。
それこそが怪物だった。
その時。
USBの中に、
もう一つの動画ファイルがあることに気付く。
タイトル。
『私を殺したのは』
神谷の鼓動が止まりそうになる。
これは。
自分が残した動画だ。
死ぬ直前に録画した。
最後の証言。
そして。
事件の答え。
美咲が震える手で再生ボタンを押した。




