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嫌われ魔女と祈らない聖女  作者: よこすか なみ
第2章 わたし、聖女になります!
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3 聖女として大切なこと

 翌日のお昼過ぎ、わたしは再び聖療院の前に立っていた。

 ふぅ、と息を吐いてドアに手を伸ばしたとき、内側からドアが開いた。


「おはよう、エリちゃん。ここにいるってことは、ルカ様に納得してもらえたんだね」


 聖療院の中からマリア様が顔を出す。今日はきちんと白衣を身に纏っていた。

「その件なのですが……」

 わたしはうなずいて、昨日ルカ様とのことを話した。


 昨日、聖療院を出てわたしはまっすぐにルカ様の執務室へ赴いたのだが──


「聖女になるだと!?」


 執務机で書類の山に囲まれたルカ様は、わたしの決意を聞いて声を荒げた。怒号にも近いその声に、体が固まってしまう。

 怖い……っ!

 そんなわたしを見て、ルカ様はすぐに「すまない」と謝った。


 静かに持っていた羽ペンを置いて、わたしを見る。平静を取り戻そうとしているようだった。


「俺の話を聞いてなかったのか?」

「きちんと理解しております。そのうえで、わたしは聖女になりたいんです」

「…………」

 睨み合い、とも言えるような時間が数秒続いた。


 ルカ様がわたしを思って助言してくれたのに、それを無碍にしている──彼の気持ちを考えれば、呆れてものも言えなくなるのも無理はない。


 それでも、わたしは心に決めたのだ。

 自分の人生を意味あるものにしたい。魔女と呼ばれた予知能力も、誰かの役に立つのだと。


「わたしはこの力で、人を救いたいんです」

 ぎゅ、と拳を握りしめて宣言した。


 もう少し問答が続くかと思ったが、

「……勝手にしろ」

 そう言って、ルカ様は視線をわたしから書類に戻してしまった。一度置いた羽ペンを持ち直し、手を動かし始める。


 ……失望されてしまったかな。


「失礼いたします」

 これ以上の会話は望めそうにない。

 ルカ様が拒んでいるのが空気だけで伝わってくる。


 わたしは静かに執務室をあとにした。

 実際にルカ様を前にすると、こんなに良くしてくれたのに裏切っているのではないか、という迷いもあった。


 でも、わたしはこの決断を正解にしたい。

 自分の力で、ルカ様もルカ様のお母様も──全員を救えるような聖女になってみせる。


「……というわけで、納得はしてもらえませんでした」

 出入り口で立ち話をするのもなんだから、とわたしたちは待合室にあるソファに横並びで腰掛けた。


「えっ!? 理解なっ!?」

 マリア様は途中から目を大きく見開き、口をあんぐりと開けた状態で固まっていた。せっかくの美人が台無しである。


「エリちゃんの心配してるふりして、結局支配したいだけなんじゃないの!? 本当にルカ様と結婚して大丈夫!?」

「いや、今回はわたしが悪いので……」

「そう思わせるのがヤツらの手口なんだよ!」

「やつら……?」

「人を精神的に支配して自分の言いなりにしようとするヤツって、一定数いるのよ!」

 つまり、わたしの両親みたいな人かな……。


 とはいえ、ルカ様と両親を一緒くたにされるのは、なんだかモヤモヤする。

「待ってください。ルカ様は本当にお優しいかたです。それ以上の侮辱は、たとえマリア様であっても看過できません」


 わたしは右手を出してマリア様を制止した。マリア様は「だって……!」とまだ言い足りなさそうだったが、わたしの目を見て、軽く咳払いをした。

「……そう、ね」


 それから、体をわたしのほうに向けて座り直し、

「謝るわ。申し訳ありません」

 と、深く頭を下げた。


「……はい」

 わたしが返事をすると、マリア様は顔を上げた。

 真顔かと思いきや、満面の笑みを浮かべていた。


「意思表示ができるようになってるわね」

「え……? あ……」

 わたしは自分の口を手で覆った。手袋が唇に触れる。


「良い傾向だわ。それが健康。嫌なことは嫌と言う。ましてや、今やエリちゃんはお姫様なんだから、あなたに歯向かえる人間のほうが少ない」

 マリア様は立ち上がって、わたしを指差した。

「堂々としてなさい!」


 わたしはニコリと微笑み返す。

「……指を差さないでいただけますか?」

「申し訳ありませんっ!」

 目にも止まらぬ速さでマリア様は頭を下げた。


 マリア様に連れて行かれたのは二階だった。

 構造は三階と同じ。真っ直ぐ続く廊下の左右の壁に、扉が等間隔に設置されている。


「ここにある部屋、すべてが資料室よ」

「ぜ、全部……!?」

「そりゃあそうよ。エリちゃんはしばらく、この部屋で勉強ね」


 そう言って、マリア様が一番手前の扉を開ける。薄暗い部屋の中は、人がすれ違える程度の隙間を開けて本棚が並んでいた。

 窓もあるが、本が焼けてしまうからか雨戸は閉められている。


「この部屋を使っている時間くらいは、窓を開けても構わないわよ。夜はもちろん閉めてもらうけど」

 マリア様が雨戸を開けて光を取り込む。

 つい先ほどまで外にいたというのに、眩しさに目がくらんだ。


「ここに机があるから好きに使ってちょうだい。頭に叩き込んでほしい資料は指定するから」

 窓の横、壁と向かい合う形で簡素な机と椅子が置かれていた。机の上には、空になった薬瓶がいくつか。ゴミ箱まで持っていくのが面倒だったのだろうか。

「わかりました」


 わたしがうなずくと、マリア様は人差し指を立てた。

「それじゃあ、エリちゃんに問題。聖女として──医者として、一番大事なことはなんだと思う?」

「え……?」

 一番大事なこと?


「それは志の話ですか?」

「まぁ、考え方といえばそうね」

「うーん……」


 わざわざ問題に出すくらいなんだから、パッと思い浮かぶような解答ではないだろうと理解しつつも、わたしは自分がそうでありたいと目指す姿を口にした。


「患者さんを絶対に救いたいという気持ち」

「ぶぶーっ!」

 わたしが言い終わる前に、マリア様は人差し指でバツを作った。


「じゃあ、正解はなんですか」

 自分の理想像を否定され、少しムッとしながらわたしは尋ねる。


 マリア様は目を細めた。

「……っ」

 わたしは思わず息をのむ。


 窓を背にしたマリア様の金髪が太陽の光を浴びてキラキラと輝いて、何だかとても神秘的に見えたのだ。

 拝みたくなるほどの美しさに、ため息が漏れそうになる。


「正解は、サボり方を覚えることよ」

「サボり方……?」

 放たれた言葉は聖女としてあまり相応しくないように思えた。


「なんで、医者がサボっていいんですか!?」

「むしろサボんなきゃダメよ」

 動揺するわたしに、冷水を浴びせるような口調でマリア様は続ける。


「患者を全員自分の手で治そうなんて、到底無理。救えるものは限られている。全部やろうとして医者自身が倒れるのが一番ダメ。救えるものも救えなくなる」

「……!」

「だから、サボる」

 マリア様の透明な瞳に射抜かれて、身動きが取れなくなる。


 この人はそういう経験をしてきたんだろうか。

 自分が倒れて、誰かを救えない。そんな苦い思い出。


「まぁ、要は一人で抱えすぎるなってことだから。エリちゃんは特にね」

 フッといつもの軽快な雰囲気に戻ったマリア様に肩を叩かれ、ようやく強張っていた体の力が抜けた。


 サボる、か……。

 思いつきもしなかった。

 医学に携わる者こそ、昼も夜もなく患者を治療するべきだと思い込んでいた。

 患者の体が大事なように、自身の体も大事なのだ。


 そもそも、医療者が倒れてしまったら、多くの患者は放置される。

 交代で休むこと、手を抜ける場面ではサボること──それは決して悪ではない。


「わかったところで……エリちゃん。私の未来をもう一度、予知してみて」

「もう一度?」

「うん、確認したいの。今から何かできることがあるかもしれないじゃない」

「……わかりました」


 わたしは手袋を外して、差し出された右手を握る。

 脳裏に映像が浮かび上がる──


 それは、王宮の敷地内を歩いているマリア様。王宮内のどこかは分からないアングルだ。


 あれ……?

 前回見た予知と違う……?


 その頭上から何かが落ちてきて、マリア様の頭に直撃した。


「……!」


 落ちてきた何かは地面に叩きつけられ粉々に砕け散った。小さい瓶のようだが、割れてしまったからにはそれが何だったのか分からない。

 頭から血を流したマリア様が倒れる。

 映像の視点はマリア様に固定されているので、上を向くことはできない。


 ここで予知は途切れた。わたしはゆっくりと手を離す。

「……どう?」

 マリア様が問いかけてくるが、口からうまく言葉が出てこない。


 どういうこと……?

 どうして予知が違うのかしら……?


 思い返してみれば、この能力を自覚してから、同じ人を二回見たことはなかった。

 二回見たら予知が変わってしまうのか、それともマリア様の運命が変わったのか……。


「も、もう一度お願いします……!」

「え、えぇ、構わないけど」


 再びマリア様と握手をするが──浮かび上がってくるのは、先ほど見たものと同じ映像だった。


 予知が塗り替えられてる……!?

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― 新着の感想 ―
マリア様って最初の段階では、テキトーに聖女を押し付けてきてる人物って印象が強かったんだけど、しっかりと優しくて面倒見いいタイプなんだなーって思いました! この2人のやりとりと雰囲気がすごく好きです!…
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