6 真犯人……?
大声で捲し立てるナヴァロ様を、マリア様はたった一言で黙らせてしまった。
「拒絶反応……?」
「ただのナッツに、体が?」
会場中が一斉にざわつき始める。ナヴァロ様自身も、驚きに目をまんまるに見開いていた。
「そんな体質、僕は知らないぞ! 本人が知らないのはおかしいだろ!」
「ああ、本人には知らされてなかったんだ。きっと小さい頃に同じ反応を起こして、それ以来、食べさせられてないんじゃないかな」
ナヴァロ様はまだ幼すぎて記憶がないということ? だとしても、そんな重大なことを本人が知らないなんて妙な話だ。
わたしが疑問を口にできないまま、マリア様は淡々と進める。
「このクッキーだけナッツが入ってる。他の食べ物には入ってなかった」
立食には様々な種類の料理が並んでいる。肉料理、魚料理、サラダ、スープ、スイーツ……。
「これらを全部食べたのですか……!?」
「そりゃあね。調査するならそれくらいしなきゃ」
わたしの疑問にマリア様は軽快なウインクで答えた。開いた口が塞がらない。
信じられない……!
たとえ一口ずつ食べたとしても、あのスラッとしたお腹に入っているとは到底考えられなかった。マリア様は、わたしからナヴァロ様に向き直る。
「王宮のコック達はナッツを入れないように情報共有されているはずなのに、どうしてだろうね?」
「……!」
マリア様の言葉を受け、最初に動いたのはルカ様だった。
「おい、クッキーの調理を担当したコックを連れてこい!」
「はっ!」
ルカ様の指示で、わたしを囲んでいた騎士たちが駆け足で退室していく。
向けられていた剣がなくなると、途端に足の力が抜けてわたしはその場にへたり込んでしまった。
よかった……とりあえず、命だけは助かりそう……。
「原因がわかってるなら、とっとと僕を治せよ!」
わたしがほっとしているのをよそに、ナヴァロ様は吠える。どんなに強く当たられても、マリア様の纏う凛とした雰囲気は変わらない。
ナヴァロ様が子犬に見える……。
「ナッツへの拒絶反応って言っても軽度だよ。痒みもなさそうだし、放っておけば大丈夫でしょ。ナヴァロ様だって、ピンピンしてるじゃない、そんなギャンギャン大声出して」
「うっ……」
「それより」
マリア様がわたしに微笑みかけた。聖女の微笑みはとても柔らかく、優しく、誰をも平等に包んでくれそうだった。
「魔女の疑いをかけられたご令嬢に、何か言うべきことがあるでしょ」
わたしに……?
突然のご指名に、うっとりしていた頭が我に返る。何を促されているのか理解できたのか、ナヴァロ様が舌打ちをした。わたしはまだわからない。
「こいつが魔女と呼ばれているのは事実だ」
「毒を盛ったのは無実だった」
「魔女だから僕の異変を予知できた」
「この世に魔法があると信じてるんですか?」
「…………」
マリア様との問答を終えたナヴァロ様は、悔しそうにわたしの目の前まで歩いてきた。わたしはへたり込んだまま彼を見上げる。ナヴァロ様は眉間に皺を寄せて、決して目を合わせようとはしない。
「…………」
「…………」
なんのことやらさっぱりなわたし、と、とっても嫌そうなナヴァロ様。
見物人たちもマリア様もルカ様も、全員が沈黙を貫いた。そんな時間がしばらく流れた。
ナヴァロ様はしかめっ面になったり、目をギュッとつむったり、天を仰いだりしてから、特大のため息をついた。
そして、何か決心がついたのか、
「……悪かった」
わずかに腰を曲げて、頭を下げた。
わたしは思わず口を手で覆う。
まさか、王子様に謝罪される日が来るなんて……しかも、あのナヴァロ様に……!?
「王子様が謝罪されたわ……!」
「信じられない……」
他の人たちも驚きを隠さなかった。よっぽど、普段の素行から離れた行為なんだろうと想像がついた。
「ルカ様!」
ドアが乱暴に開け放たれた。先ほどルカ様の命令で退室した騎士の一人が、息を切らして戻ってきたのだ。
「クッキーの調理を担当したコックが見つかりました! しかし……!」
「しかし……?」
「毒をあおって、自死しました……!」
じ、自死!? それじゃあ、暗殺目的もわからないままじゃない!
大広間は大きくどよめいたが、マリア様だけ他人事のようにケラケラと笑っていた。
「こりゃあ、命を狙われていますね、ナヴァロ様」
「…………」
ナヴァロ様は無言でマリア様を睨む。マリア様は料理が載せられたワゴンに近づいて、クッキーをもう一枚食べた。
「王宮のコックがナヴァロ様を暗殺したとて、メリットがあるとは思えない。裏に指示をした人物がいる。その人物に辿らせないために、コックは自死をしたと考えるのが自然でしょう」
途中途中、クッキーを噛み砕くぼりぼり音でよく聞き取れなかったが、ナヴァロ様は腰に手を当てて思案し、長く息を吸って、そしてふーっと吐いた。
「お父様とお母様に報告してくる……!」
そのまま彼は大広間を後にしてしまった。
毒を盛られた場に、国王様と王妃様は迂闊に足を運べなかったのだろう。自身の息子の命が危ないというのに、難儀な立場だなと他人事のように思った。
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