5 クッキー毒殺未遂事件
ルカ様と大広間に到着すると──その場にいた全員がわたしを嫌悪の目で睨みつけてきた。
「あいつが……」
「魔女はやっぱり邪悪なのだわ……」
わたしは外にいて何もしていない。周りから魔女への憎しみをぶつけられる謂れがない。
一体ここで何があったの……?
あの悲鳴は……?
「エリザベス!!」
怒りと憎悪に塗れた声がわたしの名前を呼ぶ。
ナヴァロ様が怒りの形相でわたしを指さしていた。その顔や手──衣装に覆われていない肌には赤い斑点が散らばっている。きっと、服の下も。
これは、ダンスのときに予知で見た姿……!?
「ナヴァロ様!? その肌、どうなさったのですか!?」
「どうなさったのですかぁ? お前の仕業だろ、この醜い魔女め!!」
大広間の入り口近くに控えていた二人の騎士が、剣を抜いてわたしを囲い込んだ。
「お前がこのクッキーに毒を仕込んだんだろう!」
ナヴァロ様はテーブルに置かれているクッキーを人差し指で示した。
そのクッキーは、わたしが退室する前に食べたあの──
「誤解ですわ! わたしも先ほど同じものを頂きましたが何も」
「嘘をつけ! 僕がこうなることを予言していたじゃないか! そんなことができるのは、毒を仕込んだ犯人だけだ!」
「そんなことしていませんわ!」
弁明しようと前に一歩出ようとしたが、騎士に剣先を向けられる。わたしの首元に輝く銀色を見て、本能的に動きが止まった。
「兄様、彼女は……」
ルカ様が舌打ちをしてから加勢しようとしてくれたが、ナヴァロ様の表情はみるみる面倒臭そうなものに変わった。
「ルカぁ? 魔女を庇うのか? これだから愛人の子供はダメなんだ。お前もまとめてお母様に報告してもいいんだぞ?」
「……っ」
ルカ様は目線を下にして、それから何も言わなかった。二人とも国王様の血を引いているのは違いないというのに、お母様の立場の違いで、こんなにも上下関係ができるなんて。
「お前を、王子暗殺未遂を実行した魔女として処罰する!」
ナヴァロ様の命令に騎士たちが応答する。脅すように剣を動かされてしまったら、わたしはもう従うほかない。
「だから言ったのに……」
わたしの絶望は誰にも届かない。
……どうしよう。
お父様とお母様に良家のお婿さんを捕まえてこいと言われていたのに、嫁入りどころか命がなくなってしまう。
また怒られる……と、あの痛みを想像したが、命がなくなったら怒られる以前の話じゃないか。
「そっか……」
なら……これでいいのかもしれない。
変な力を持つわたしなんて、魔女と呼ばれた人生なんて、きっと、こんなふうに散るのが相応しい。
こんなもんなんだ、わたしの人生。
……もう疲れた。
誤解を解くのも、誰かを守るために予知を教えるのも、もうやらなくていいんだ。
「……ふっ、涙も出ないなんて」
泣いて泣いて泣いてきて、全部枯れちゃったのかな……。
「毒じゃないわよ」
静かな水面に雫が一滴、落ちた。
決して大きくはないのに、大広間に響き渡る、そんな声。
聖女マリア様は、ボリボリと件のクッキーを食べていた。
「マリア!? 何をしてるんだ!?」
真っ青になったナヴァロ様が駆け寄り、マリア様からクッキーを取り上げた。
「それは毒が入っているんだ!」
「だから、毒なんて入ってないわよ」
マリア様はごくん、と口の中のクッキーを飲み込んだ。
食べた……!? 毒が入っている可能性のあるクッキーを……!?
騒然とした空気だというのに、マリア様はあっけらかんと続けた。
「そもそも、立食で誰が食べるかもわからないクッキーに毒を混ぜたとて、ナヴァロ様を狙い撃ちするのは無理でしょ」
「……!」
わたしの言い分そのものを突きつけるマリア様。
伯爵令嬢のわたしの言葉は届かないが、聖女様の主張はナヴァロ様も聞かざるを得ないようで。
「それは、彼女が魔女だから……!」
「魔女? そんなもの存在しないわよ……聖女もね」
吐き捨てるように言うマリア様に、一瞬、ナヴァロ様が気圧されたように見えた。
あのナヴァロ様が……圧倒されてる……!?
「でも実際に魔女はいるじゃないか!」
ナヴァロ様はわたしの存在こそが魔女の証明だと言わんばかりに示した。思わず肩が震える。わたしを取り囲んでいる剣が、動くなと牽制するように揺れた。
「じゃあ、僕のこの症状はどう説明するんだ! 少し食べただけで済んだから、死なずに済んでいるものの……!」
「ナヴァロ様の体が、ナッツに拒絶反応を示しているのよ」
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