4 初めて必要とされる魔女
ナヴァロ様と違って、ルカ様はわたしの噂など知らなかったんだ。余計な自己紹介をしてしまった。
なんとか誤魔化せないかな、聞き間違いでは? とか……。
「なんで魔女と呼ばれてるんだ?」
愚策を練ったが、愚策に過ぎなかったらしい。きちんと聞き取れていたルカ様が魔女のワードを復唱する。逃げるように一歩、後ずさるとルカ様が一歩近づいてくる。
「それは……」
そのままわたしの背中は柱にぶつかってしまった。逃げ場がなくなる。背の高いルカ様は少し腰を曲げただけでも圧がすごい。
……言いたくない。
わざわざ自分の悪口を王子様に紹介したい人間なんて、いるわけがない。
わたしが頑なに口を閉ざしていると、
「詳しく教えてくれ」
「きゃっ」
ルカ様に両肩を掴まれ、顔を覗き込まれた。深い海の底のような瞳が、わたしを映し出している。なんの取り柄もない、わたしを。
こんなに真剣な眼差しをわたしに向けた人などいなかった。
「どうしてそんなに……」
「この世界に魔法なんてないからだ」
わたしはぎゅ、と手袋をしたままの手を握りしめる。
結局この人も、わたしの話を聞いたら最後には、みんなと同じ目になるのだわ。鼻で笑うときの細めた目に。
しかし、ルカ様の続く話をわたしは無視できなかった。
「聖女の力も魔法のような扱いをされているが、あれは嘘なんだ。魔法があるとするなら、俺はそれが知りたい」
「聖女の力が嘘……?」
自分の能力だけぼかして、聖女の力のお話だけ伺いたい。
それが本心だったが、ルカ様の藍色の瞳に射抜かれて嘘をつける気がちっともしなかった。誤魔化したとて通用するとは到底思えなかったのだ。
「わたしは……触れた人の未来の不幸が見えるんです」
「不幸が、見える……?」
ナヴァロ様同様、眉をひそめるルカ様。
やっぱり……。
これまでそうやって話を聞こうとした人たちと一緒。どうせ、実際には信じられないのだ。そして魔女だなんだとわたしを気味悪がる。いつものこと。
わたしは笑いながらため息をついた。
「……信じてもらえませんよね、こんな話。そろそろ立食のお時間が終わる頃かもしれません、わたしはこれで」
一礼をしてルカ様の横を通り抜けようとしたが、
「いや、信じる」
ルカ様が振り返って、強い力でわたしの手を握って引き留めた。男の人の力だった。強制的にわたしの歩みが止まる。
「俺に触って、未来を見てくれ」
「なんで、ですか……?」
むしろわたしのほうがまだルカ様に不信感を抱いていると、捕えられた手を強い力で引き寄せられる。ルカ様の口がわたしの耳元まで近づき、ささやいた。
「俺は命を狙われている」
「……!」
思わず体を一歩引いて、ルカ様の爪先から髪の毛まで確認した。健康そうで、体も大きく、一言で表すなら“強そう”。
そんなルカ様が……暗殺……?
わたしが毒を盛られる予知をしたのはナヴァロ様なのに……?
辻褄が合わない。わたしの中で起こっている出来事の整合性がない。
「わたしをからかっていらっしゃるのですか……?」
「…………」
思わず口をついて出た失礼な物言いにもルカ様は言い返さない。ただ、黙っていた。言い訳も説明もしないその様子が、逆に真実なのだという説得力があった。
ごくり、と唾を飲み込む。
王家の兄弟揃って命を狙われているとなれば非常事態だ。しかもルカ様はわたしを信じると宣言してくれている。今更傷つくなどごちゃごちゃ拗ねている場合ではないと、まだ少し躊躇っている自分に喝を入れる。
わたしにできることがあるなら……!
「……失礼します」
わたしは手袋を外して、ルカ様の手を握った。
脳裏を駆ける景色──場所はどこだろうか? 王宮のどこかの執務室?
そこにいるのはルカ様と、誰だろう、女性……? シルエットだけでよく見えない。
ルカ様が誰か女性を庇うように立っているが、その腹部からは血が流れている。
刺されている……!?
ルカ様を刺した相手はぼんやりとモヤにかかっているように、はっきりした姿がうかがえない。
そこでシーンは終わった。
「……どうだ」
ルカ様が神妙な面持ちでわたしを見て尋ねる。
……なんとも申し上げにくい、が、信じてくれた以上、わたしには結果を伝える義務がある。
「……ルカ様は、その、お腹から血が出ていて……おそらく誰か……女性を庇われたのかと」
「……っ!」
最悪な未来に、ルカ様は言葉を失っていた。思わず二人で俯いたとき──
「きゃあああああああ!!!」
静寂な夜空を引き裂くような悲鳴が、大広間のほうから響き渡った。
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