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3 第二王子との出会い

 夜の中庭は月明かりに照らされていて、おとぎ話だったら妖精が迷い込んできても不思議ではないくらい素敵な場所だった。


「いい匂い……」


 さすが王宮。一流の庭師が手入れをしているのだろう。昼とはまた違う一面を見せてくれる木や花に、さっきまでの嫌な出来事が浄化されていくようだった。


 夜風にあたれば嫌な汗も引き、鼓動もトクトクと一定のリズムで動いている。ようやく思考がまとまりそうだ。


 頭の中が冷静になると、真っ先に思い出されるのはやはり先ほどのマリア様。


 ──「聖女になりたきゃ、譲るわよ」


「さっきのは何だったんだろう……」


 聖女を譲るだとか、なんとか。

 そもそも聖女って譲れるものなのかしら?


 譲りたいってことは、彼女は聖女を辞めたいのかもしれない。


 それも不思議だ。聖女はとても名誉な役職だと聞いている。地位も高く、王宮内での待遇もいい。


 願っても手に入れられるようなものではない。


「でも、もし……本当に譲ってもらえたなら……」


 小さく、夢見事を口走る。


「お父様とお母様も、わたしへの評価を改めてくれるかも……」


 蘇る両親の記憶は辛いものばかりだ。


『人の不幸の未来が見える? 何を言っているの? 気持ち悪い!』

『お前は魔女だ! 魔女は早く嫁いでいなくなってくれ!』

『お相手を見つけられなかったら、また折檻するわよ!』


 両親に吐かれた数々の暴言と定規で叩かれた腕の痛み。忘れられることは一生ないのだろう。まず、わたしが早くいなくならないと家のためにならない。


 それが、聖女になったら……?


 今までの待遇がガラッと変わる。お母様もお父様も見直してくれる。


『聖女ですって! なんて名誉なことなの!』

『でかした! 自慢の娘だ!』


 ……きっと、大手を振って喜んでくれるに違いない。


 両親が納得する嫁ぎ先を見つけるよりも、すでに「譲る」と言ってもらっている聖女の地位に着くほうが簡単な気がする。


 今を変えたいなら、動かなくちゃダメだ。そのために、舞踏会や社交会に何度も出席しているんだから。


 やることはきっと、それらと大差ないはず。


 ……よし、決めた!


 誰もいないと思って手袋に包まれた拳を星空に突き上げる。


「わたし、聖女になろう!」


 自分を鼓舞する意味も込めて、大きく宣言した。


 なんだか、力が湧いてくる気がした。結婚相手を探すよりも、自分が努力して聖女になるほうがよっぽど気楽だ。


 そうと決まれば、早速、聖女様にお話を伺いに行かなくちゃ……!


 大広間へ向かおうと踵を返したというのに、その勢いはあっけなく止められた。


「やめておけ」


 不意に低音がわたしの背中に降り注いだのだ。

 声の主を探せば、長身の男性が柱に寄りかかっている。夜に溶けそうな藍色の髪は、月明かりに照らされて艶めかしさを浮き立たせていた。


挿絵(By みてみん)


 わたしはその方を存じ上げていた。


「る、ルカ様?」

「…………」


 ルカ様はナヴァロ様の同い年の弟君でいらっしゃるけれど、腹違いの兄弟。


 国王様も王妃様も金髪だから、きっとルカ様のお母様が藍色の髪を持っているのだろう。ただ、ルカ様のお母様が公の場に出たことはない。


「どうしてこちらに? まだ立食のお時間では……」

「ああいうのは好きじゃないんだ」


 ルカ様は軽く首を振ってから、こちらに近づいてきた。


 ナヴァロ様はわたしより拳ひとつ分くらい高いが、ルカ様は拳三つ分くらい高い。ゆっくり歩いてきているのに、広い歩幅であっという間に距離が埋まる。


 一歩分離れた位置で停止するルカ様を、わたしは見上げる。


「お前は、聖女に夢を見ているのか?」

「は、はい。聖女になれるのなら……!」


 今さっき決意したばかりだが、この気持ちに偽りはない。意思を確認されているような気がして、わたしは強くうなずいた。


 しかし、わたしの希望とは裏腹に、ルカ様は呆れたようにため息をついた。


「馬鹿なことはやめておけ」


 や、やめておけ? しかも、聖女を馬鹿なこと呼ばわり?

 いくら第二王子だからって、名誉ある聖女に言い過ぎではないだろうか?


「ど、どうしてですの?」


 予想もしていない否定に動揺を隠せない。


 せっかく、地獄から抜け出せるチャンスかもしれないのに、何も知らない人にあっさりと否定されたくはなかった。はっきりと言い返したくもあったが、何せ相手は王子様なので下手を打ちたくもない。


 ルカ様の忠告は続いた。


「聖女になったところで、悪いことしかないぞ」


 聖女という役職の何か悪い秘密を知っていそうな口ぶりだった。

 たとえ、本当はわたしが思っているより煌びやかではないとしても。


「魔女と呼ばれる今より、よっぽどマシですわ」


 ぽろり。

 誰にも言わないと決めた本心が、初対面の王子様相手に転げ落ちた。


「魔女?」


 ぴくり、とルカ様の眉毛が歪み、わたしは自身の愚かさを恥じた。


 失敗した……!

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