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2 聖女を譲る?

「この舞踏会中、身の危険に気をつけた方がよろしいかと」

「…………」


「特にお食事に……」

 ナヴァロ様はわたしの進言を聞いて、しばらく無言だったが、


「……それが魔女の魔法?」


 と皮肉っぽく言った。というか、皮肉だった。


 ……またやってしまった。


 余計な申し出をしてしまったと後悔しても、もう遅い。

「……申し訳ありません」


 ナヴァロ様はわずかに目を細めた。あぁ、よく知っている、その目。わたしを軽蔑するときの人の目だ。


「お父様には花嫁候補の令嬢を探してこいと言われていたけれど、君は“ナシ”だね」


 吐き捨てるように告げられ、ナヴァロ様とのダンスが強制的に終わった。

 別の令嬢の手を取りに向かうナヴァロ様の後ろ姿を見送ってから、わたしは壁際に移動する。


 ……どうしてわたしは、こうも余計なお世話が抑えられないのだろう。


 良かれと思った行動は、全部わたしに悪いように返ってくる。何度も経験しているのに、学習しない。これじゃ魔女どころか、ただの馬鹿だ。


 自嘲していると、すぐそばのドアが開いた。食事を乗せたワゴンを押してコックたちが入ってくる。もうすぐ立食の時間のようだ。


 ……こういう気分の時は、甘いものを食べるのに限る。


 手袋を嵌め直しながら、わたしはどんどん並べられていく料理に、花の蜜に誘われるミツバチのように吸い寄せられていった。

 食欲をそそるいい匂いを感じ、脳内で響く自分を責め立てる声が少しだけ小さくなった。


「ねぇ、あれが魔女?」


 近くにいた令嬢の悪意を持った声が耳に飛び込んできた。声自体は可愛らしい高音なのに、わたしには鉛のように低く聞こえた。


「また変なこと言ったのかしら? ダンスを途中で終わらされてしまうなんて」

「惨めね、フフ」


 わざとらしい、大きな声量。きっと周りにいる人の耳にだって届いているはず。誰もが同調するように、片方の口角を一瞬だけ釣り上げる。


「…………」


 ……惨め、か。


 己の両手を見つめる。黒い手袋はただ冷たくわたしを見つめ返してくるだけだった。彼女たちの陰口に聞こえないふりをして、立食用に準備されたワゴンからクッキーを一枚頬張った。


「美味しい……」


 優しいナッツの風味がした。お菓子だけがわたしを慰めてくれる。鼻の奥がつんとした。


 ……大丈夫、慣れている、これくらい。


 陰口を叩かれることも、人前で涙を我慢することも。涙をこぼさないように歯を食いしばっていると、周りが一斉にざわつき始めた。


「あら、あちらのかたは聖女、マリア様ではないかしら?」

「さすが、美しいわね」


 ざわめきに目をやると、どの令嬢よりも煌びやかなドレスを身に纏った女性が入室するところだった。


 あの方が……聖女様。


 一瞬で目を奪われた。


 ……なんて美しいのだろう。


 ふわふわの金髪ロングを一つにまとめても、なおボリュームのあるヘアスタイルは、彼女の高貴で豪華な印象を強くしていた。傾国の美女とは、こういう方を指す言葉だと思い知らされる。


 遠巻きから聖女様を眺める人々も似たような感想をつぶやいていた。


「見目麗しいだけじゃなくて、治癒能力まで持っているなんて、きっと神様に愛されたのね」

「選ばれた人にこそ、特別な力が与えられるのよ」

「そうに違いないわ」


 聖女とは、近年、突如として設けられた役職らしい。特殊な治癒能力を持っているとされ、主に医務に携わっているのだとか。


「マリア様、ご機嫌いかがですか?」

「マリア様、お初にお目にかかります」


 あっという間にマリア様の周りには人だかりができた。すごい人気だ。誰もが彼女と縁を持ちたいと詰めかけている。


 わたしたち貴族でも、王宮お抱えの聖女様に会える機会なんて滅多にない。こんな貴重な機会を逃すわけにはいかないのだろう。


 聖女様とお知り合いになれば、王宮とのコネクションができるだけでなく、自分が生死の境を彷徨うときに助けてもらえるかもしれない。


 ……特殊な治癒能力が“アリ”なら、わたしだってこんなに忌み嫌われる必要もないだろうに、なんて。


「……わたしも、魔女なんかじゃなくて、聖女がよかったなぁ」


 まぁ、人の不幸が予見できるなんて、聖女らしくはないか。

 やっぱり、わたしには“魔女”がお似合いなのだ。


「…………」


 独りごちていると、聖女様と不意に目が合った。 目が合ったというより、見つめていたのに気づかれた、という感じだ。


 えっ、ちょっと独り言が大きかったかしら?

 わたしの動揺を気にも止めずに、彼女はずんずんとこちらに歩み寄ってくる。


「えっ? えっ?」


 距離が縮まると、アルコールの刺激的な匂いがわたしの鼻腔を刺した。


 まさか、聖女様、立食が始まる前だというのにもう酔っ払ってらっしゃる!? 

 いやいやそんな馬鹿な。


 一人問答を繰り広げてあちこち視線を漂わせるわたしの前で、聖女様はぴたりと立ち止まった。


「な、なんでしょうか……?」


 恐る恐る尋ねてみるが、聖女様はニコリとも笑わない。美人の真顔は迫力がある。手袋の内側がジワリと湿った。


「あんた、聖女になりたいの?」


 ドキンと心臓が跳ね、嫌な汗がざっと背中を流れた。


 不敬を咎められている……!?


 わたしなんかが聖女様だなんて思い上がりもいいところだと、身分をわからされるような聖女様のダイヤモンドのような瞳が、わたしを捉えて離さない。


「も、申し訳」


 しかし、わたしが頭を下げるよりも先に、聖女様がとんでもない発言を放った。


「聖女になりたきゃ、譲るわよ」


 え?


 は?


 譲る?


 何を?


 聖女を?


「そ、それは、どういう……?」


 意味で……?


 人は驚きすぎると音も出せなくなるのだと、わたしは初めて知った。続く言葉はただの息となって、わたしの外側に出ていくのみだった。


「だから……」


 察しの悪いわたしを見かねてか、聖女様が続けようとしたとき、


「マリア〜!」


 聖女様がご指名された。わたしたちが振り返ると、ナヴァロ様が手を振ってこちらに向かって来ていた。ダンスで魔女と吐き捨てられた記憶が蘇る。ナヴァロ様の視界に入りたくないと、反射的に思った。


 そう思ったら、行動に移すのは早かった。


「わ、わたしはこれで失礼しますわ」

「あ、ちょっと!」


 聖女様──マリア様に引き留められながらも、わたしは大広間を後にした。

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