1 反対
舞踏会終了後、「話をつけてくる」と言っていたルカ様。夜も遅かったというのに、その日のうちに使者をわたしの実家に寄越し、ルカ様との結婚を両親に伝えてくれた。
そして翌日の昼過ぎ。
両親は王宮に呼び出され、わたしとルカ様と顔を合わせた。
半信半疑の様子の二人は、応接室でルカ様と対面してようやく結婚を信じてくれた。
「あのエリザベスが、る、ルカ王子と……!?」
「そんなことがあるなんて! あなた、初めての親孝行じゃないの!」
両親は、わたしとルカ様との結婚に手を叩いて喜んだ。
……よかった。
機嫌のいい二人は珍しい。その間だけ、緊張が解ける──だからと言って、油断していたらいつ逆鱗に触れてしまうかは分からない。
「あんなに何もできなかったエリザベスが、ようやく嫁ぎに行ってくれて嬉しいわ……!」
ハンカチで涙を拭うお母様。
「グズのエリザベスに高望みはできないと思っていたが、まさか王家とは……! よくやった!」
長い間一緒に住んでいたが、初めて見る満面の笑みのお父様。
「あ……はい……」
わたしは何て言えば正解なのか、二人の気を障らないのか、言葉を選ぶのに必死で返答が遅れてしまう。
笑顔を無理矢理貼り付けてなんとか穏やかな空気を維持できるものの、膝で重ねていた手が震える。
「……!」
ぱっと見では気づかないくらい小刻みに震えるわたしの手に、そっとルカ様の手が重ねられた。
驚いてルカ様を見ると、苦虫を潰したような顔をして両親を睨みつけている。
わたし、何か粗相をしてしまった……!?
しまった。両親のご機嫌伺いで頭がいっぱいになっていて、ルカ様まで気を回せなかった。
どうしよう、こんなところでルカ様の機嫌を損ねてしまったら。
何か、何か気の利いたことを言わないと。
心は焦るのに、脳はこんがらがったままだ。
何も思いつかない……。
「……っ」
オロオロしていると、一層強い力で手を握られた。
「あの、ルカ様……? どうなさいましたか……?」
「あ、いや、すまない」
我に返ったふうに、ルカ様は手を離した。
怒ってない……?
不安げなわたしの視線に気づいて、ルカ様はふわりと優しく微笑んだ。
「それで、結婚式はいつになさるんですの?」
「第二王子様の式なんだから、それはもう国をあげてお祝いいたしましょう!」
「お父様、お母様、結婚式なんですが……」
鼻息荒く問いかけてくる両親に、なんと説明したらいいか……。
言葉に詰まるわたしの代わりに、ルカ様が口を開いた。
「結婚式は執り行わない」
「えっ!?」
お父様もお母様も、予想していなかった回答に目を丸くしていた。
それはそうだ。結婚式こそ、権力を最大に誇示できる式典。たくさんの来賓を呼んで、自分の娘の価値を見せつける場。
娘が地位の高い男性と結婚すれば、自ずと両親たちの地位も上がる。
──所詮、わたしは両親の地位向上のための道具にすぎない。
お母様がソファから身を乗り出す。
「どうして……!? ルカ様はエリザベスを愛していないのですか!?」
ドキッとする。
契約結婚とはいえ、表向きは純愛ということにしているのだ。
それは、ルカ様の配慮だった。
わたしは昨夜のことを思い出す──
「結婚式をしたくない?」
ルカ様はエメラルドグリーンの瞳を見開いて、聞き返してきた。
わたしに用意された寝室まで直々に案内してくれたルカ様に、わたしはそのように申し上げたからだ。
「はい。式は挙げないほうがよろしいかと」
「なぜだ? 式を挙げれば、全員がお前を認めるんだぞ。魔女として蔑まれてきた奴らを見返してやりたくはないのか?」
「……それがいけないのでございます」
ルカ様と共に寝室に入る。
中はベッドだけでなく、ソファとローテーブルも備え付けられていた。
「詳しく聞こうか」
夜も遅い時間だが、ルカ様は気を遣って使用人に紅茶を持って来させた。わたしが落ち着いて話せるように、環境を整えてくれる。
並んでソファに腰掛け、ルカ様はわたしが話出すのを待ってくれた。
「契約結婚、だからですわ」
「…………」
「ルカ様が本当に愛する女性を見つけたとき、結婚していた事実を公にしないほうが何かとスムーズでしょう?」
姿を隠すわけではないが、結婚式を行わないほうが後々に国民を混乱させずに済むだろう。
「……お前の言い分はわかった。なら俺からも提案がある」
「はい、なんでしょう?」
「どんなに親しい身内でも、俺たちは愛し合っている体を貫いてくれ」
「えっ……」
それは、結婚式を行わない意味がないのでは……?
わたしの配慮を理解してくださっているのだろうか……?
「本当に愛する人を見つけたとき、というのはお前も同じだろう。だから式を挙げないことには賛成だ。かと言って、身内には結婚の事実を隠すわけにもいかない」
「なら、どうして……」
「お前が愛されていない結婚相手だと周りに思われたくないんだ」
このかたは、本当に……。
いけないと分かっているのに、胸がときめくのを抑えられない。
わたしの立場なんてルカ様からしたら、どうでもいいだろうに……。
今までの人生で、こんなにわたしを気にかけてくれた人がいただろうか。
「式を挙げないことで国民には結婚の事実を知らせない。代わりに、王宮内では純愛を装ってくれ……それでいいか?」
「はい……!」
溢れる涙を必死で堪えながら、わたしはうなずいた。
──というやりとりがあったことを、両親に説明するわけにはいかない。どうせ納得しないだろうし、契約結婚を内密にするというルカ様との約束も反故になってしまう。
決定事項だけを伝えるしかない。
「結婚については身内だけに知らせる選択をしました」
わたしがそう告げると、両親が息を詰まらせる。
「でも……っ!」
「俺がそう決めたんだ。文句は言わせない」
引き下がらないお母様を、ルカ様がピシャリと跳ね除ける。
「話は終わった。お引き取り願おう」
ルカ様の言葉で、控えていた使用人たちがスッと動き出す。ずっと何か言いたげな二人はあっという間に退室させられてしまった。
「……ずっと大変だったんだな」
呟くように言うルカ様。わたしに話しかけているのか、独り言なのか判断がつかない。
ルカ様はフッと微笑んで、わたしの頭をポンポンと撫でた。
「これからは王宮で自由に暮らすといい。誰もお前を怒ったり命令したりはしない。まぁ、王女として勉強することはあるかもしれないが……」
「そのことですが……」
わたしは挙手をしてから打ち明ける。
「わたし、マリア様に弟子入りをすることにいたしました」
「はぁ?」
常にクールなルカ様が素っ頓狂な声をあげた。
「マリアって、聖女マリアだろ? 弟子入り? 何を言ってるんだ?」
クエスチョンが止まらないルカ様が、質問と共に距離を詰めてくる。ずいずいと端正な顔が近づいてきて、思わず逸らしてしまう。
ち、近い……!
心臓がドキドキと高鳴るが、ルカ様は納得できる回答を得られない限り離れる気はなさそうだ。
「先日の事件の後、マリア様に聖女にならないか誘われましたの。弟子入りすれば、聖女にしてあげるって……」
「そんなのダメに決まってるだろう!」
急な大声にわたしは肩が震えてしまった。殴られるかと思って、反射的に頭を手で覆う。
ルカ様はハッとして、「すまない」と謝罪し、荒げた息を整えた。
「前にも言っただろう。どうしてそうなったんだ?」
「……マリア様からお聞きしました。聖女とは特別な力があるわけではなく、ただの医者なのだと。わたしも医療の知識を得て、人々を救いたいと思いました」
「王女としては立派だが……」
ルカ様は額に手を当てて、頭を横に振った。
「……お聞きしてもいいですか?」
「なんだ」
「どうしてルカ様は聖女にそこまで否定的なんでしょう?」
舞踏会で出会ったとき、「聖女なんて馬鹿なことはやめておけ」と言われたが、その後、わたしが魔女と呼ばれる所以の話になってしまい、理由を聞き損ねたままだった。
「だってこの国では聖女という役職に対してとても好意的です。聖女になれるなんて、とても名誉あることなのに」
「…………」
重い沈黙が流れた。言葉を選んでいるのか、そもそも伝えていいものか判断しかねているのか。わたしは彼の思考がまとまるのを待つ。
そして出てきた言葉は信じられない情報だった。
「……俺の母は、元聖女だった」
「えっ!?」
ルカ様のお母様が前の聖女様!?
王様の愛人が聖女様だったということ?
でも、そうだとしたら合点がいく。
マリア様は自身のお師匠様のことを「藍色の髪を持つ女性」と仰っていた。それはルカ様のお母様と同じ特徴。
ルカ様のお母様は、元聖女で、王様の愛人。
そこまで整理すると、一つの疑問が浮かんでくる。
なら、何故、今までルカ様のお母様は公の場に出てきていないのだろう?
聖女ならかなり地位が高かったはず。愛人という立場上、王妃様に行動を制限されていたのだろうか?
「俺の母が国民の前に顔を出したことはない」
わたしの疑問に答えるように、ルカ様はポツリと話し始めた。
「俺が生まれると同時に断罪され、王宮から追放されてしまったんだ」
だ、断罪……!?
王宮追放……!?
「そんな、ルカ様のお母様は一体何をしてしまったんですか!?」
「……兄様に毒を盛って殺そうとしたらしい」
「……!?」
王族暗殺未遂……!?
思いがけないワードが次々と飛び出てくる。
それは確かに公の場に出すわけにはいかないし、王宮から追い出されてしまうのも納得だ。
「でも俺は信じていない。誰かが母を嵌めたんだ。聖女という立場に嫉妬して……!」
ぎゅ、とルカ様が拳を握り締める。爪が皮膚に刺さって、血が出てしまいそうなくらい強く。
「だから、お前にも聖女になってほしくないんだ。今の聖女のマリアだって、急に父様に連れてこられてきた。マリアも、ただ聖女の役割を捨てて、お前に押し付けたいだけだろう」
「それは……」
そうかもしれない。彼女は故郷に婚約者がいるのだから。
「聖女なんてただの厄介者なんだ。今からでもマリアに断りを入れるべきだ。お前が言いにくいなら俺から伝えておく」
言い終わるや否や、踵を返してマリア様のいる聖療院に向かおうとする。
「ま、待ってください!」
わたしはその手を掴んで、ルカ様を引き留めた。
「でもマリア様のお師匠様は、ルカ様のお母様だったと仰っていたのです……! これ以上の情報が欲しかったら、弟子になるようにと……!」
「何……!?」
ルカ様は足を止めて、再び考え始めた。
「ルカ様も、お母様のことが知りたいでしょう? わたしもそのために、ここにいるはずです」
「……そうなんだが」
「わたしは大丈夫です、傷つくことには慣れてますから」
安心させるようにふわりと笑いかけると、ルカ様がわたしを引き寄せた。あっさり腕の中に収まってしまう。
だ、抱きしめられてる……!?
「る、ルカ様……!?」
「確かに、俺は母を探すためにお前と結婚した。お前を利用している俺が言える資格なんてないんだが……お前がわざわざこれ以上傷つく必要はない、とも思ってしまう……」
「ルカ様……」
ぎゅ、といっそう強く背中に回された腕に力が込められ、わたしは胸が温かくなるのを感じた。
お母様を探したいという目的と、ルカ様自身の優しさがせめぎ合っているのがわかる。
他人に嫌な気持ちをさせてまで、己の欲求を通したくはない。
そういう人なのだ、ルカ様は。
ぐ、と胸を押し返して、ルカ様と目を合わせる。
「だからこそ、わたしは協力したいと思ったのですわ」
「……!」
「そんな泣きそうな顔をしないでくださいまし」
「泣いてない」
キリッとした声が返ってきた。思わず笑みが溢れる。
「聖女の弟子入りを断るにしても、受けるにしても、マリア様と相談してきますわ。話をしないことには、解決しなさそうですから」
応接室の出入り口へ歩を進めれば、使用人たちが扉を開けてくれる。
「……大丈夫か?」
「大丈夫です」
心配が声色に滲み出ているルカ様にそう言い返して、わたしは聖療院を目指した。
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