4 あなた、聖女にならない?
開催した国王様に代わって、ルカ様がお開きを宣言すると、来賓達はそそくさと帰ってしまった。
あんなに人がいた大広間には、呆然とするわたしだけが最後に残る。
まだ事態を飲み込めないまま、帰っていいのか分からずにいた。
予知をしただけで、ルカ様とまともに話せていないのだし……。
「大丈夫か」
開かれっぱなしのドアから、ルカ様がやってくる。
諸々の対応に追われていたのは彼だというのに、わたしの心配をしてくれるなんて優しいお人だ。
「ルカ様……」
「災難だったな」
そう言って、水が入ったコップを手渡してくれる。
わたしはありがたくそれを受け取って、こくりと飲んだ。
少しだけ気持ちが落ち着いてきた。
「さっきの話の続きだが……」
一息ついたわたしを見て、ルカ様が本題に入る。
「お前は俺の母に会ったことがあるのだな?」
「はい……定かではありませんが」
「それで、母を庇って俺が刺される、と……場所は分かるか?」
「王宮の、どこかでした。この広い王宮をすべて把握しているわけではありませんので、正確な場所までは……」
「なるほど……」
ルカ様は腕を組んで考え込んでしまった。
何かお力になれたかしら……。
「お前、エリザベスと言ったか。その、相手は決まっているのか?」
「相手?」
「……嫁入り先だ」
……あぁ、そのことか。
舞踏会は嫁ぎ先を探す社交場だったことを思い出す。暗殺未遂事件でそれどころではなくなってしまったが。
わたしは首を横に振る。
「…………お恥ずかしながら。今回の舞踏会で探して来いと言われたのですが……これではまた、折檻を受けてしまいます」
「折檻?」
ルカ様が驚いたように、組んでいた腕を解く。
信じられないものを見るような目をしていた。
「あ、いえ、うふふ」
口が滑ってしまった。なんとか笑って誤魔化せただろうか。
「…………」
ルカ様はしばらく何かを思案してから、
「なぁ、俺じゃダメか?」
と、わたしを見つめてきた。
何かの打診をされているかは分かるが、何の打診をされているかが分からない。
「ダメ、と申しますと……?」
「俺と、結婚しないか」
「え……」
結婚?
ルカ様と?
それは……こちらとしては願ったり叶ったりだが、ルカ様はどうしてそう思ったのだろう?
「……母を探しているんだ」
わたしが尋ねる前に、ルカ様のほうから説明し始めてくれた。
「お前の見た不幸な未来が確かなら、俺はそれを回避して、母を守りたい……協力してくれないか?」
つまり、契約結婚ということ……。
ルカ様は心からわたしを愛しているというわけではない──その事実に少しだけ胸が痛くなる。
けれど、これでようやく両親に良い報告ができそうだ。
「その、やっぱり無茶を言っているか……?」
捨てられた子犬のような視線を向けられる。
第二王子なのだから命令でもなんでもすればいいのに、このかたは本当に……。
わたしは微笑む。
「喜んで協力いたしますわ。わたしも、ルカ様のお母様に会ってみたいですもの」
「よかった、ありがとう」
心底ホッとしたように笑うルカ様。
「ふふ、わたしも、今日はお母様に叩かれずに……じゃなかった、うふふ」
せっかくさっき曖昧にしたのに、また口が滑る。
これじゃあまるで、誰かに聞いてほしいみたいじゃないか。
せっかく婚姻できたのに、かまってちゃんでは破談になりかねない。
「その件なんだが……」
柔らかな笑みを浮かべていたルカ様の表情に、一瞬にして影が入ってしまった。
「今日からエリザベスは王宮に住んでもらう。もう実家には帰らなくていい」
「え……?」
帰らなくていい……?
いつも社交の場から帰ったら、すぐに折檻部屋に入れられていたのに。
「第“二”王子だが、俺も王子だ。お前はこの国の姫になるんだぞ」
そう言って、ルカ様はわたしの手の甲にキスを落とす。
えっ……!?
「不満か?」
わたしはブンブンと首を横に振った。
「色々話をつけてくる。少し待っていろ」
ヘアセットを崩さない程度に頭をポンと撫でてから、ルカ様は行ってしまった。
撫でられた箇所に触れる。
その手の温もりが、いつまでも頭に残っているみたい。
しかも、手の甲にキスまで……。
ポヤポヤとする頭は、次の来客によって現実に引き戻された。
「魔女ちゃん、やっほ〜」
不名誉な呼び方をしながらルカ様と入れ替わりで大広間に入ってきたのは、マリア様だった。
「マリア様」
「聞いちゃった、ここに住むんだって? 一緒だね」
そうだ、確か聖女様も王宮に住み込みだったはずだ。
「エリザベスちゃん、だっけ? じゃあエリちゃんて呼ぶね」
「は、はい……」
喋りながらヒールを鳴らして近づいてくるマリア様。
右手にワインボトル、左手にワイングラスを持っていた。酔っ払っているみたいだ。
「エリちゃんはさ〜、なんで魔女って呼ばれてるの?」
「…………」
「あ、答えたくないよね〜? でも知りたいの。聖女として」
言い淀んでいるほんの一瞬で、心の中を見られたみたいだ。
「でも、気持ち悪いですよ?」
本当に知って後悔しないだろうかと確認すると、マリア様は目を細めた。
「……そう言われてきたんだね」
……あ。
泣きそうと感じる時間すらなく、ポロリと涙がわたしの頬を伝った。
「え、なんで、ごめんなさい、わたし、こんなつもりじゃ」
慌てて涙を指で拭うけれど、次から次へと溢れてきてどうしようもない。
「……エリちゃん、頑張ってきたんだね。大丈夫、大丈夫」
マリア様は片手でワインボトルとグラスを持って、空いたもう片方の手でわたしを肩口に抱き寄せた。
マリア様のドレスを汚すわけにはいかない。
頭では分かっているのに、泣き止むことができない。
涙がどんどんマリア様の肩を濡らしてしまう。
「私、エリちゃんを受け止める。どんな理由でも」
「うっ、うけとめ、ひっく、受け止めてくれるっ、ん、ですかっ……?」
「うん、絶対」
「ぜったい……」
小さい子どもを安心させるようなマリア様の喋り方に、気づいたら、わたしは泣きじゃくりながら自分の能力を打ち明けていた。
マリア様は、魔法はない、と断言していたのに。
魔法のようなわたしの予知に、彼女は黙って耳を傾けていた。
「なるほどね」
マリア様が手を差し出す。
「ねぇ、私のことも触れてみてよ」
疑うでもなく、試してみたいという好奇心。
ようやく涙がおさまってきたわたしは、手袋を外してその手を握る。
脳裏に浮かび上がる光景は──ルカ様の時と同じ時間、同じ場所のようだった。
マリア様は、ルカ様とルカ様のお母様の横で、口から血を流して立っている。
ただ、この時のルカ様はまだ血を流していない。お腹を刺される前かもしれない。
……どうしてわたしの予知は、犯人の顔を見せてくれないんだろう。
「そっか……」
悔しい気持ちを抑えながらそのまま伝えると、マリア様は顎をつまんで考え込んでしまった。
わたしは手持ち無沙汰になり、持っていた水を飲み切る。
「ねぇ、聖女って何か知ってる?」
熟考が終わったのか、マリア様が尋ねてきた。
唐突な問いに、わたしは頭を巡らせて聖女の定義を思い出す。
「特別な治癒能力を持っている……」
「そう言われているけどね、私はそんなもの持ってないの。ただの町医者よ」
ま、町医者……!?
聖女様って、魔法みたいな力で人々を治癒するんじゃないの……!?
「違う違う」
マリア様は顔の前でぶんぶんと手を振った。
「自然豊かな田舎で医者をしていたら、突然王宮に連れて行かれて、聖女にされたの。なんでも治す、聖女のような医者がいるってね。それからずっと王宮お抱えの、聖女という名の医者……町には私の婚約者もいたのに」
「て、手紙とかは……」
「禁止されているわ」
聖女様の王宮に住み込みって、生活を担保する目的じゃなくて、外との繋がりを断つためってこと……!?
「だから私は聖女を辞めて、婚約者を迎えに街へ戻りたいの。わかる?」
ずいっと、マリア様の綺麗なお顔が至近距離に迫ってきた。
「聖女になりたいって言ってたわよね?」
「い、言いました……」
「あなたを聖女にしてあげる」
ニンマリ。マリア様の口角が半月を描く。
「医療の知識を叩き込めば、エリちゃんも今日から聖女様よ。その予知能力を活かして、人を救いたいとは思わない?」
「わたしの力で……人を救う……?」
誰かに気味悪がられるだけだったこの力が、誰かのために使えるというの……?
思ってもみない提案についていけないわたしに、さらにマリア様は付け加える。
「もうひとつ、良いことを教えてあげる……私のお師匠様は、藍色の髪の女性よ」
「えっ……」
それって、ルカ様のお母様……!?
マリア様のお師匠様がルカ様のお母様で。
マリア様も、ルカ様も、ルカ様のお母様も、この王宮で危険に晒される……!?
「これ以上知りたかったら、私の弟子になって、私の代わりに聖女になること」
お母様と会いたいと言っていたルカ様を思い出す。
「……どう? 悪くないんじゃない?」
「…………」
マリア様は空になったわたしのコップに、持ってきたワインボトルからワインを注ぐ。彼女のワイングラスにも注がれた。
ワインにわたしが映る。
ずっと魔女と呼ばれ、蔑まれてきた能力。
一度は終わったと思った人生。
それが、ルカ様に求められ、マリア様に活かし方を教えてもらうチャンスを得た。
両親から要らないと言われたわたしも、誰かの役に立てる。
「……やります。聖女、やらせてください!」
「よく言った!」
カツン!
マリア様と乾杯をして、ワインを一気に飲み干す。
──これは、魔女と呼ばれたわたしが聖女になって、国を救う物語だ。
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