5 聖女任命式
聖女任命式は舞踏会が開かれた会場と同じ、王宮の大広間で執り行われた。あのときわたしを魔女扱いした貴族たちが集まっている。
「……緊張する」
わたしはこっそりと廊下から大広間を覗き込んでいた。
……また何か嫌なことを言われたらどうしよう……。
「いないと思ったら、何してるんだい?」
「ひゃっ」
背後からナヴァロ様が呆れたようにわたしを見ていた。
懐かしさすら感じる。舞踏会のときも、こうやってナヴァロ様にダンスを誘われたんだっけ。
「また魔女って言われないか不安で……」
「…………」
誤魔化しても仕方ないので正直に打ち明ける。ナヴァロ様は一瞬きょとんとしてから、真剣な表情になった。
「……あのときは、悪かった」
そして、腰を垂直に曲げてわたしに謝罪をした。
「え、えぇ!? 待ってください、頭をあげてください!」
「……僕は勘違いで君を魔女として処罰しようとした。あのときの無礼を詫びたい、本当にすまなかった」
「え、えぇ……」
あまりにも礼が深くてナヴァロ様の顔は伺えない。
……それだけ、真剣に謝ってくれてるんだ。
ナヴァロ様は処刑ではなく処罰と宣言していたものの、あのとき、確かにわたしは死を覚悟した。ナヴァロ様は処刑人に名指しされて、人の命を刈り取る恐ろしさを実感したのだろう。
「……許します」
「……エリザベス」
ナヴァロ様はようやく顔をあげてくれた。
「ナヴァロ様を許します。確かに怖かったですが、わたしがここにいられるのは、ナヴァロ様のお陰です」
「…………」
「国王様として、これからこの国を発展させてください」
「……うん、約束する」
ナヴァロ様は右手を差し出してきた。和解の握手だろう、わたしも右手を差し出す──が、握手は叶わなかった。
「何してるんだ」
ルカ様の、いつもより低い声がわたしたちの間を遮断した。というより、物理的にルカ様が体を間に捩じ込んできた。
「俺の妻だぞ、たとえ兄様だとしても気安く触れないでくれ」
ルカ様がわたしの肩に手を置き、引き寄せる。体幹のないわたしは呆気なく彼にぶつかる形で止まった。
「はいはい」
肩をすくめて、ナヴァロ様は聖女任命式の準備に向かっていった。兄の姿が見えなくなると、ルカ様はすぐにわたしの顔を覗き込む。
「……何もされていないだろうな」
「大丈夫ですよ。昔のことを謝罪されていただけです」
「ならいいが……」
納得がいってるような、いかないような。
……心配、してくれてるんだろうな。
少しだけむくれたルカ様が可愛い。
「ルカ様、耳をかしてください」
「ん?」
ルカ様は屈んで耳をわたしに近づけた。
「心配しなくても、わたしはルカ様だけのものですよ」
そう囁いて、ルカ様の頬にキスをする。ちゅ、とリップ音を残して、ルカ様から離れる。
「!?」
ルカ様は頬を手で押さえて困惑していた。わたしは振り返って、してやったり、と舌を出す──内心、バクバクだけど。
「任命式、遅れちゃいますよ!」
「待て、エリザベス!」
軽く逃げてはみたものの、あっという間にルカ様に捕まり、腕の中へ絡め取られる。
「こんなことして、あとで覚えておけよ」
少し怒りを含んでいる声がおかしくなって、あはは、とわたしは幸せを噛み締めた。
その後──聖女任命式はつつがなく執り行われた。
ナヴァロ様によって、聖女の再定義についての説明がされたのち、わたし、エリザベスがその職に任命される。貴族たちの注目が集まる中、聖女として挨拶をした。
「皆様、この度聖女となりました、エリザベスと申します」
あらかじめ、招待状でわたしが聖女になる式を行う、と知らされていただろうに、わたしの見知った顔たちはざわついた。
「あのエリザベスが、本当に聖女に……!?」
「招待状は本当だったのね……」
その中にはわたしの両親もいる。ハンカチで目元を押さえる二人をどこか冷めた気持ちで見ているわたしがいた。
よかったね、グズな娘が立派になって。
よかったね、周りに自慢できて。
……わたしはもう、あなたたちと関わるつもりはないけれど。
本当の居場所を見つけたから。
「国民の皆様が、心休まれる居場所となれるよう、精一杯努めてまいります」
お辞儀をすれば、パチパチとまばらな拍手に包まれた。
満場一致でおめでとう、とはいかないわよね。
それでもいい。
これから先、わたしを聖女として認めてもらえれば、それで。
ここからはわたしの頑張り次第。
ナヴァロ様とルカ様が発展させていくこの国を、わたしが聖女として支えるのだ。
「以上で、聖女任命式は終了だ」
司会を務めていたルカ様が式を終わらせる──と、思ったが違った。ルカ様は続けて言った。
「もう一つ、発表がある」
「え?」
わたしが振り返ると、ルカ様はすでにわたしの隣に並んでいた。肩を引き寄せられる。
「後日、俺とエリザベスの結婚式を執り行う」
ルカ様の宣言に会場中が驚きに包まれた。もちろんわたしも含めて。
「ルカ様と結婚!?」
「あの魔女の……いや、エリザベスが!?」
そうだ、わたしたちは契約結婚だったから外部には秘密にしていたんだった。
もう契約結婚ではなく、本物の夫婦になったのだから、隠しておく必要はない、けれど。
「わざわざ結婚式をやらなくても……!」
「何か不満か? 俺は、俺の妻を自慢したいんだ」
いたずらっ子みたいな笑顔。
ついさっき、頬に不意打ちでキスをした意趣返しだろうか。
「……喜んで!」
わたしは思いっきり笑った。
わたしの居場所は、ルカ様の隣だ。
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