4 本当の気持ち
「……ここに来るのも二度目なのね」
夜、わたしは庭園にルカ様を呼び出した。彼が来るよりも先に、誰もいない庭園に到着する。
草木の匂いが緊張して高鳴る心臓を落ち着かせてくれる気がした。月が雲に隠れているせいで視界は悪いが、庭師によって手入れされている植物たちが咲き誇っているのだろう。
明日は聖女任命式。
その前に、わたしはルカ様の気持ちを確認する。
「少しだけ、怖いけれど」
不安が口の端から漏れる。わたしは息を吸って胸に手を当てた。
いい返事であろうと、悪い返事であろうと受け止める、と覚悟を決めてここまで来たのだ。
……だって、全部欲しいから。
聖女になりたい。
ルカ様と結婚したい。
「……いつからこんなに欲張りになっちゃったんだろう」
わたしは一人で笑っていた。
……今まで、色んなことがあった。
ルカ様と最初に出会ったのもこの庭園だった。居心地の悪い舞踏会を抜け出した先、聖女になろうと大きな独り言を聞かれたんだっけ。
「……きゃ」
物思いにふけっていたら、突然風が強く吹いた。髪の毛を抑える。
「……待たせたか?」
顔を上げると、ルカ様が花々の間から現れた。今の風で雲が流され、月明かりがスポットライトのようにルカ様を照らす。
夜に溶けそうな藍色の髪が、月の光を受けて艶めいていた──あのときと同じように。
「話って、なんだ?」
ルカ様はわたしの目の前に立つ。高身長から見下ろされるが、不思議と圧はなく、ふんわりと細めた眼差しで彼はわたしが口を開くのを待っていた。
その瞳を見た瞬間、どうしようもなく想いが溢れてくる。
止められない気持ちに任せて、言葉を紡ぐ。
「ルカ様、わたし、あなたが好きです」
ルカ様の瞳が大きく見開かれ、少しだけわたしの覚悟が揺れる。
驚かせてしまった。
ルカ様にとって都合の悪い話なのかもしれない。
けれど、もう後戻りはできない。
「もともと、わたしたちはルカ様のお母様を探すために契約結婚をしました。ミスティ様のお墓が見つかった以上、わたしたちを繋ぐものは何もありません」
「それは……」
「でも!」
ルカ様が何か言おうとするのを遮って、わたしは続ける。
「わたしはルカ様を愛しています」
「……!」
風がわたしたちの間を通り抜ける。冷たい夜風は、火照ったわたしの体にはやけに心地よく感じた。
「どうか、契約結婚が終わっても、わたしをおそばに置いて頂けないでしょうか……」
「…………」
だんだんと言葉尻が小さくなっていく自分が情けない。わたしは深く頭を下げて、ルカ様に懇願した。
断るのも受け入れるのもルカ様の自由だけれど、聖女就任が決まったあとでの告白は卑怯だったかもしれない、と思い当たる。
ルカ様の優しさに付け入るような言い方をしてしまったかも、と。
「あの、聖女になりますが、断っていただいても態度を変えるような真似は致しませんので……」
一応付け足しておく。
だって、もう同情じゃ満足できないから。ルカ様の心が欲しいから。
ぎゅ、と目をつむって返事を待つ。
「……参ったな」
石化したのかと思うくらい、体が固まった。
……困らせてしまった。あの優しいルカ様を。
「申し訳……っ!」
泣くのを堪えながら頭を上げると、ルカ様の大きな手が頬に添えられた。ぐい、と顔を強制的にルカ様のほうへ向けられる。
目を合わせたルカ様は笑っていた。困っているのではなく、笑っていたのだ。
……なぜ?
疑問は解消されなかった。尋ねる前に、唇をルカ様の唇で塞がれてしまったから。
……熱い。
ルカ様の腕が背中にまわされ、わたしは彼に身を委ねる。先ほど我慢していた涙が、目尻からポロリと落ちた。
「…………」
「…………」
ゆっくりと唇が離された。
涙が堰を切ったように流れ始める。ルカ様は苦笑を浮かべながら、指の腹でわたしの涙をすくってくれた。
「明日、聖女任命式のあとで俺から言おうと思ってたんだ」
「そ、そうだったんですかぁ……」
えぐえぐと泣きじゃくるわたしに、ルカ様は「待たせて悪かった」と謝る。
焦ってしまったのか、わたしは。
いや、止められなかったんだ。
ルカ様への気持ちが。
「エリザベス」
ルカ様はサッとその場に片膝をついた。
びっくりして固まっている右手を手に取られ、手袋の上からキスを落とされた。
「正式に、俺と結婚してくれないか?」
右手越しにルカ様がわたしを見上げてくる。海の底のような藍色の瞳、藍色の髪──この人を構成するすべてが愛おしい。
好きな人と同じ気持ちって、こんなに嬉しいんだ。
愛して、愛されるって、こんなに満たされるんだ。
わたしは満面の笑みを浮かべる。
「喜んで!」
ルカ様の目尻にも、涙が浮かんでいるような気がした。
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