3 聖女マリア様
聖療院に入ると、待合室にマリア様とその旦那様が談笑していた。
マリア様の旦那様がなぜここに……?
「あ、エリちゃん! ちょうどいいところに!」
わたしの姿を認めて、マリア様の顔がパァッと明るくなる。
「紹介するわね、私の旦那のココ!」
マリア様が旦那様──ココ様を手で示す。
「初めまして、ココです。今日から聖療院で働くことになりましたので、よろしくお願いします」
ぺこり、とココ様はうやうやしく礼をした。
くりりとした大きな垂れ目が特徴的で、身長はわたしより少し高いぐらい。服装次第では女性と見間違われそうだ。
「初めまして、エリザベスと申します……って」
外見に気を取られて大事な挨拶を聞き逃しそうになった。
「え!? 聖療院に住むんですか!?」
「そうよ! 連れてきちゃった」
語尾にハートマークをつけてマリア様が胸を張る。
そんな、勝手に連れてきていいの……?
「やだ、ちゃんとナヴァロ様には許可取ってるわよ」
心を見透かしたようにマリア様が付け加えた。
「で、でも、マリア様はもう故郷に帰ってもよかったんですよ? ずっと帰りたかったんじゃ……」
「私が王宮から逃げたかったのは、ココと結婚式を挙げたかったからよ。エリちゃんのお陰で目的は果たされたわ。だから戻ってきたの」
「戻ってきたって……」
王宮に連れて来られる前の暮らしに戻れたのに……。
それに旦那様まで連れてきて。マリア様が何を考えているのかさっぱり見当がつかない。唖然とするわたしにマリア様がふふ、と笑う。
「あのね、私、まだ王宮でやることがあるの」
「やること……?」
「あなたを立派な聖女にすること」
ドキッと心臓が跳ねた。わたしはまだ医療書を全部読み終わっていないし、マリア様から技術も教わり切っていない。
「聖女の役割は見直されたんじゃ……」
「あら、予知能力でみんなを救いたいんじゃなかったの?」
核心を貫かれた。手袋の中で汗が滲み出る。
「会話で人の心を癒す、それも立派な聖女の仕事だと思うわ。でも、あなたには特別な力があるわよね?」
「…………」
特別な力。魔女と呼ばれ、不幸しか予知できない、不気味な力。わたしは自身の右手を見る。ぎゅう、と拳を握りしめた。
「その予知能力を活かして、人を救いたいとは思わない?」
いつだったかに言われたセリフを、マリア様は繰り返した。
そうだ。
わたしの原点。
わたしは全員を救いたい。
「それも込みで、私はエリちゃんを聖女に推薦したの。聖女じゃなくて、医療者として私も王宮に残る──責任を持って、エリちゃんを本当の聖女にするためにね」
マリア様はウィンクを飛ばしてきた。その横でココ様は微笑んでいる。彼もまた、人を癒す力がありそうだ。
「ボクも、マリアの夢を叶えるために来たのですよ」
「そう! 私は全部手に入れたいから! 自分の居場所も、夢も、旦那も!」
両手を広げるマリア様。その手で掴めないものはないんだろうな。そんなマリア様の夢に、わたしの育成が入っているなんて光栄なことだ。
「全部を手に入れる、か……」
つい、マリア様の言葉を復唱してしまう。
わたしは聖女になるために、ルカ様を諦めなければならない可能性を視野に入れていた。
贅沢なマリア様が羨ましい。
「なに、エリちゃん、何か諦めようとしてる?」
わたしより背の高いマリア様は、腰を屈めてわたしの顔を覗き込んできた。
この人は心を読み取る力でもあるのだろうか?
ギクッと肩を跳ねるわたしを、マリア様は見逃さなかった。
「私を見習いなさい!」
にんまりとマリア様の口角が半円を描く。
「聖女になるために、何かを捨てる必要なんてないわ!」
マリア様の堂々たる宣言に、わたしの目の中はキラキラした星でいっぱいになった。
いつだって、マリア様はわたしの希望なのだ。
「それに、私言ったわよね? 全部やろうとして医者自身が倒れるのが一番ダメ、一人で抱えすぎるなって」
「……!」
ずっとウジウジして、返事を聞くのが怖くて、ひとりぼっちで空回って、ただ結論を後回しにしていた。
……でも、諦めなくていい。
ルカ様を諦めなくたっていい方法を探そう。
「ありがとうございます、マリア様」
「ん!」
やっぱり、彼女は聖女様だ。
満面の笑みを浮かべるマリア様に後押しされて、わたしは聖療院を後にした。
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