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2 本物の聖女

 わたしとルカ様はマリア様を街に置いて、先に王宮へ戻った。


「兄様のところへ行くぞ、ついてきてくれ」

「わたしもですか?」


 馬車から降りたところで、ルカ様にそう告げられてわたしは首をかしげた。


 エヴァレット前王から引き継ぎがなかったので、ナヴァロ様は公務に追われているはず。


 そんな忙しいナヴァロ様とその補佐をしているルカ様の間に、わたしまで呼ばれるのはなぜ?


 疑問は晴れないまま、わたしはルカ様の後についてナヴァロ様の執務室に入った。


「あぁ、二人ともおかえり」

 ナヴァロ様は目の下に黒いくまを携えてわたしたちを迎えてくれた。執務机には山のように書類が積み重ねられている。


 忙殺されてる……。


 大変そうに思ったとて、わたしにできることはないので黙っておく。


「今回、エリザベスも呼んだのは聖女の再定義についてだ」

「聖女の再定義?」


 わたしが尋ねると、ルカ様が教えてくれた。


「前王が設けた聖女という役職は形骸化していたからな」


 確かに、聖女の実質はエヴァレット前王の愛人だった。


「だから、聖女の役職自体を見直そうってわけさ。聖女自体を無くしたっていいんだけど、理由が前王の愛人だったなんて国民に言えないし」

「なるほど……」


 ナヴァロ様の言葉に、わたしは納得する。


 急に聖女なんて神聖な役職を無くすには、理由付けもしなきゃいけない。前王の不祥事なんて言ったら、その息子であるナヴァロ様の信用問題に飛び火する可能性がある。


「それで、再定義はできたんですか?」


 ナヴァロ様はうなずく。


「マリアとルカと三人で話し合ったんだ。大昔には実際に聖女がいたらしい──人々を癒す役割としてのね」

「昔の聖女様は本当に祈りで人々の傷を回復させていたんですか!?」


 すごい能力の人がいたものだ、とわたしが目を丸くすると、ナヴァロ様は苦笑いしながら否定した。


「違う違う、言葉で人を癒していたみたいだよ。教会の懺悔とは違って、民衆のなんでもない話を聞いて、時には導いたり、受け止めたりしていたんだって」


 懺悔ではなく、日常や雑談からも聖女様は癒しの力を発揮していたということか。


 会話から人を癒すなんて、まさに聖女様だ。


「素晴らしい再定義だと思います」


 わたしは両手を組んで目を輝かせる。しかし、すぐにあることに気づく。


「……失礼ですが、マリア様にはあまり向いていないような……?」


 マリア様は人の話を受け止めるというより、サバサバと自分の言いたいことを優先する性格だ。わたしが魔女と呼ばれる能力を明かしたときこそ受け入れてくれたが……正直、彼女に癒される想像ができない。


「そうだよな、まったくその通りだ」


 ナヴァロ様は腕を組んでうんうんと同意する。


「僕が落ち込んでるとき、マリアに話を聞いてほしいなんて絶対思わない」


 ナヴァロ様は舞踏会の事件を思い出しているようだ。かなりマリア様に詰められていたから、少しトラウマになっているのかもしれない。


「それで、だ。エリザベス」


 ずっと発言していなかったルカ様がわたしを見て言った。


「聖女にならないか?」

「えぇ!?」


 わたしは思わず口元を両手で覆った。


 嘘……!?

 魔女と呼ばれ、忌み嫌われていた、わたしが聖女に?

 本物の聖女に?


 しかも、あんなに聖女を嫌っていたルカ様から誘われるなんて。


「うん、僕からもお願いしたい」


 ナヴァロ様まで……!?


「僕は牢で君に──エリザベスの言葉に救われたんだ。君以上に聖女がぴったりな人間はいないと思う」


 ナヴァロ様が牢の鍵を開けてくれたとき、確かにわたしはナヴァロ様とお話をした。


「でも、大したことは何も……!」


 両手をブンブン振って謙遜するが、ルカ様がその手を掴んだ。大きな手に包み込まれて、わたしは動きを止める。


「俺もお前に救われたうちの一人だ」

 ルカ様はぐい、と力を入れて、わたしを無理矢理向かい合わせた。


「マリアもお前が適任だと推薦していたぞ」


 マリア様まで……!?


 そういえば、聖女の才能があるって言われたような……。


「僕とルカには、聖女・エリザベスが必要なんだ」


 ナヴァロ様とルカ様の真剣な瞳がわたしを捕らえる。目の色は全然違っても、やはり兄弟なんだと改めて実感させられた。


「頼まれてくれないか……?」


 ルカ様が小さな子供のように眉をハの字にする。その顔にわたしは弱い。


「ま、待ってください……!」


 わたしは胸に手を当てて、深呼吸した。


 わ、わたしが聖女に……?

 魔女と呼ばれ、気味悪がられ、両親からも蔑ろにされて生きてきたわたしが。


 もしこのままルカ様との契約結婚が終了すれば、わたしはまたあの家に戻らなければならない。でも、ルカ様とナヴァロ様は王宮にわたしの居場所をくれると言う。聖女の役割は見直されるが、おそらく、立場はこれまでと変わらない。


 こんな、夢みたいなこと、あるの……!?


 涙が押し寄せてくるのをグッと堪えて、わたしは宣言した。


「わたし、やります……! 聖女、やらせてください!」

「……そうか」


 ふわりとルカ様が微笑んだ。ほっとしたような表情に、わたしもつられて笑顔になる。


「あー、これで一つ仕事が片付いた! じゃあ聖女任命式は明日やるからな」


 聖女任命式が明日!?

「きゅ、急ですね?」


「そりゃあ、こちとらたくさんの公務を一気に片付けたいからね」

 ナヴァロ様は肩をすくめてみせた。


「聖女の具体的な仕事は手探りになると思うから、その辺だけ覚悟しておいてくれよ」

「はい!」

「いい返事だな」


 クックッ、と押し殺すように笑うルカ様にドキッとする。出会った当初こそ、仏頂面で怖い人だと思っていたが、本当は色んな表情があるお方だった。


 ルカ様はこのままナヴァロ様と仕事が残っているようで、わたしだけ退室した。扉を背につけて、深く息を吐く。


 ……聖女になれるのは嬉しいけど、ルカ様との契約結婚はどうなるんだろう。


 両頬に手を当てる。手袋がやけに冷たく感じた。


 聖女になったら、契約結婚がなくなったりしないよね?


 ……ルカ様を諦めなきゃいけなくなったら、どうしよう。


「……それは、嫌だなぁ」


 聖女を拒否したとしても、契約結婚自体がなくなるなら、そもそも王宮からも追い出されるわけだが。

 聖女を選んだら、ルカ様とお別れ? それとも、想い続けるだけなら許される?


「……はぁ」


 ……全部、聞けばわかるのに。


 自分の弱さに嫌気がさす。窓から外を見ると、マリア様の馬車が王宮に到着したところだった。


「マリア様……」


 足は自ずと聖療院に向いていた。

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