3 クッキー毒殺未遂事件
ルカ様と大広間に到着すると──その場にいた全員がわたしを嫌悪の目で睨みつけてきた。
「あいつが……」
「魔女はやっぱり邪悪なのだわ……」
口々にそんなことを呟いている。
わたしは外にいて何もしていない。
なのに、周りから魔女への憎しみが向けられている。
一体何が……?
「エリザベス!!」
怒りと憎悪に塗れた声がわたしの名前を呼ぶ。
ナヴァロ様が怒りの形相でわたしを指さしていた。その顔や手──衣装に覆われていない肌には赤い斑点が散らばっている。きっと、服の下も。
これは、ダンスのときに予知で見た姿……!?
「ナヴァロ様!? その肌、どうなさったのですか!?」
「どうなさったのですかぁ? お前の仕業だろ、この醜い魔女め!!」
大広間に入り口近くに控えていた二人の騎士が、剣を抜いてわたしを囲い込んだ。
「お前がこのクッキーに毒を仕込んだんだろう!」
ナヴァロ様はテーブルに置かれているクッキーを示した。
そのクッキーは、わたしが退室する前に食べたものだった。
「誤解ですわ! わたしも先ほど同じものを頂きましたが何も──」
「嘘をつけ! 僕がこうなることを予言していたじゃないか! そんなことができるのは、毒を仕込んだ犯人だけだ!」
「そんな……!」
弁明しようと前に一歩出ようとしたが、騎士に制止されてしまう。
「チッ」
後ろから舌打ちが聞こえたと思ったら、ルカ様が口を開いていた。
「兄様、彼女は……」
しかし、ナヴァロ様の表情が面倒臭そうなものに変わった。
「ルカぁ? 魔女を庇うのか? これだから愛人の子供はダメなんだ。お前もまとめてお母様に報告してもいいんだぞ?」
「……っ」
ルカ様は何も言えずに俯いてしまう。
二人とも国王様の血を引いているのは違いないというのに、こんなにも上下関係ができてしまうものなの……?
「お前を、王子暗殺未遂を実行した魔女として処罰する!」
ナヴァロ様の命令に騎士たちが呼応する。脅すように剣を動かされてしまったら、わたしは従うほかない。
「だから言ったのに……」
わたしの絶望は誰にも届かない。
……どうしよう。
お父様とお母様に良家のお婿さんを捕まえてこいと言われていたのに、嫁入りどころか、命がなくなってしまう。
また怒られる……と、恐怖を想像してから気づく。
命がなくなったら怒られる以前の話じゃないか。
「そっか……」
なら……これでいいのかもしれない。
変な力を持つわたしなんて、魔女と呼ばれた人生なんて、きっと、こんなふうに散るのが相応しい。
こんなもんなんだ、わたしの人生。
……もう疲れた。
誤解を解くのも、誰かを守るために進言するのも。
やらなくていいんだ。
「……ふっ、涙も出ないなんて」
泣いて泣いて泣いてきて、枯れちゃったのかな……。
「毒じゃないわよ」
すんとした声だった。
大きな声量ではないのに、大広間に響き渡る、そんな声。
全員の注目を集める中、聖女マリア様が──ボリボリと件のクッキーを食べていた。
「マリア何をしてるんだ!?」
ナヴァロ様が駆け寄り、マリア様からクッキーを取り上げた。
「それは毒が入っているんだ!」
「だから、毒なんて入ってないわよ」
マリア様はごくん、と口の中のクッキーを飲み込んだ。
食べた……!?
毒が入っている可能性のあるクッキーを……!?
唖然とする空気だというのに、マリア様は骨塩と続けた。
「そもそも、立食で誰が食べるかも分からないクッキーに毒を混ぜたとて、ナヴァロ様を狙い撃ちするのは無理でしょ」
「……!」
わたしの言い分そのものを突きつけるマリア様。
伯爵令嬢のわたしの言葉は届かないが、聖女様の主張はナヴァロ様も聞かざるを得ないようで。
「それは、彼女が魔女だから……!」
「魔女? そんなもの存在しないわよ……聖女もね」
吐き捨てるように言うマリア様に、一瞬、ナヴァロ様が気圧されたように見えた。
あのナヴァロ様が……圧倒されてる……!?
「でも実際に魔女はいるじゃないか!」
それでも、ナヴァロ様はすぐに勢いを取り戻した。
「じゃあ、僕のこの症状はどう説明するんだ! 少し食べただけで済んだから、死なないでいるものの……!」
「ナヴァロ様、ナッツアレルギーでしょ」
大声で捲し立てるナヴァロ様を、マリア様はたった一言で黙らせてしまった。
アレルギー……?
生まれつき、特定の食べ物を口にすると体調不良になる、アレ……?
「このクッキーだけナッツが入ってる。他の食べ物には入ってなかった」
立食には様々な種類の料理が並んでいる。
「これらを全部食べたのですか……!?」
「調査するならそれくらいしなきゃ」
わたしの疑問にマリア様はウインクで答えた。
すぐにナヴァロ様に向き直る。
「王宮のコック達はナッツを入れないように情報共有されているはずなのに、どうしてだろうね?」
「……!」
マリア様の視線を受け、最初に動いたのはルカ様だった。
「おい、クッキーの調理を担当したコックを連れてこい!」
「はっ!」
ルカ様の指示で、わたしを囲んでいた騎士たちが駆け足で退室していく。
向けられていた剣がなくなり、わたしは胸を撫で下ろす。
よかった……。
とりあえず、命だけは助かりそう……。
「原因がわかってるなら、とっとと僕を治せよ!」
ナヴァロ様が、今度はマリア様に吠える。どんなに強く当たられても、マリア様の冷ややかな雰囲気は変わらない。
「アレルギー反応って言っても軽度だよ。痒みもなさそうだし、放っておけば大丈夫でしょ。ナヴァロ様だって、ピンピンしてるじゃない、そんなギャンギャン大声出して」
「うっ……」
「それより」
マリア様がわたしに笑いかける。
「この魔女の疑いをかけられたご令嬢に、言うべきことがあるでしょ」
わたしに……?
ナヴァロ様が舌打ちをする。
「こいつが魔女と呼ばれているのは事実だ」
「毒を盛ったのは無実だった」
「魔女だから僕のアレルギーを予知できた」
「この世に魔法があると信じてるんですか?」
「…………」
問答を終えたナヴァロ様が悔しそうにわたしの目の前まで歩いてくる。
「……悪かった」
わずかに腰を曲げて、頭を下げるナヴァロ様。
まさか、王子様に謝罪される日が来るなんて……。
わたしは目を丸くすることしかできない。
「あの……」
「ルカ様!」
謝罪するナヴァロ様に応えようとした瞬間、ドアが乱暴に開け放たれた。
先ほどルカ様の命令で退室した騎士の一人が、息を切らして戻ってきたのだ。
「クッキーの調理を担当したコックが見つかりました! しかし……!」
「しかし……?」
「毒を煽って、自死しました……!」
自死……?
「こりゃあ、命を狙われていますね、ナヴァロ様」
マリア様が他人事のように笑う。
「王宮のコックがナヴァロ様を暗殺したとて、メリットがあるとは思えない。裏に指示をした人物がいる。その人物に辿らせないために、コックは自死をしたと考えるのが自然でしょう」
マリア様の推理に、ナヴァロ様は腰に手を当て、長く息を吐いた。
「お母様に報告してくる……!」
そう言って、大広間を後にしてしまった。
毒を盛られた場に、国王様と王妃様は迂闊に足を運べなかったのだろう。自身の息子の命が危ないというのに、難儀な立場だ。
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