3 似ている
「…………」
シャーリーン様は答えない。
「国王様主催の舞踏会は実質、ナヴァロ様の花嫁探しだった。ナヴァロ様に妻ができるとなると、ますます国王への座が近づく。だから、シャーリーン様は慌ててナヴァロ様暗殺を目論んだ」
魔女としてわたしが疑いをかけられて処罰されそうになった事件──あの真犯人はシャーリーン様だったんだ。
「ナヴァロ様本人にナッツの拒絶体質を教えなかったのも、ミスティ様を断罪した事件の真相を詮索させないようにするため……」
コックが自決したのも、今まで犯人が見つからなかったのも納得がいく。
──「半分正解で、半分不正解だ」
エヴァレット王の言っていた意味が、今ならわかる。エヴァレット王は実際、相打ちを狙ってはいたんだ。シャーリーン様のナヴァロ様への殺意を利用して──いや、自分の子供をルカ様だと思い込んで、ルカ様こそを次の王にするための行動を利用して。
でもその発端は、エヴァレット王への愛。エヴァレット王がシャーリーン様を見てくれないからこそ起こった悲劇。
エヴァレット王を愛していたから、ミスティ様とマリア様が邪魔だった。
ルカ様を実の息子だと思い込んでいたから、わたしとナヴァロ様が邪魔だった。
彼女は、ただ家族で暮らしたかっただけなんだ──自分の想像上でしかない、理想の家族で。
「なんで、お母様……! 僕は、僕はお母様のなんだったのですか!?」
「……ナヴァロ」
シャーリーン様は虚な目をナヴァロ様に向けた。抜け殻のような彼女に、ナヴァロ様は一瞬ビクッとしていた。
「お前は……ただの駒だと思っていたのよ……」
ナヴァロ様は唇を噛む。強く噛みすぎたのか、口の端から血が流れた。シャーリーン様の思い描く理想の家族に、ナヴァロ様はいない。
結局、エヴァレット王にとってもシャーリーン様にとっても、ナヴァロ様はいらない存在だったのだ。
ルカ様だけが、夫婦二人の中では本当の息子だった。もっとも、エヴァレット王は戦争反対派になったルカ様を消したかったようだけれど。
絶望の闇だけが、血まみれの執務室を支配している。
「あぁ、おしまいだわ……なにもかも」
シャーリーン様は膝を床について座り込んだ。両手で顔面を覆って、時々嗚咽を漏らしながら、小さく泣き始める。
「わたくしの居場所なんて、最初からどこにもなかったのだわ……」
……あぁ、似てる。
そのわずかに震える肩を見ながら、わたしは不意に既視感を覚えてしまった。
ああやって泣くのは、幼い頃のわたしと一緒だ。
両親に折檻され、自分の意見は誰の耳にも届かなくて、結局自分が全部悪いんだと思っていたわたしと一緒なのだ。
おかしいことだとはわかっている。
シャーリーン様はわたしにとって大切なルカ様を傷つけた。国王を死に追いやった。大犯罪だ。絶対に許されない。きっと処刑されるだろう。
だというのに。
そんな彼女をわたしはどうしても放って置けなかった。
──彼女は、わたしだったから。
「エリザベス……?」
ルカ様の呼ぶ声が耳に届いた頃には、わたしはシャーリーン様を抱きしめていた。
「な、なに、よぉ……」
顔面を覆っていた両手を外すと、シャーリーン様の顔はびしょびしょだった。涙と鼻水で元の美人が台無しだ。
「シャーリーン様、居場所はあります」
「なに、言って……」
わたしは微笑みながら、手袋をはめた手でシャーリーン様の涙をそっと拭き取った。
「わたしね、あなたと一緒だったんです。ずっと居場所がなかった。愛されたくて、もがいて、必死で、でも誰も振り向いてくれなくて」
「…………」
シャーリーン様は静かにわたしの話に耳を傾けた。
「シャーリーン様も、本当は最初から、ただエヴァレット様の愛が欲しかっただけなんでしょう?」
「…………」
こくり、と拗ねた子供みたいなうなずき方をする王妃様。
「ほら、わたしたちそっくりでしょう? 実はナヴァロ様だって同じなんですよ?」
シャーリーン様は顔をあげてナヴァロ様を見る。
ナヴァロ様は口端から垂れた血を袖口で乱暴に拭ってから、うなずいた。その瞳はうるうると今にも泣き出しそうだ。
「あなたが過呼吸になったとき、ナヴァロ様は決してあなたを見捨てなかった。散々酷い扱いを受けてきたのに。あなたが母として大切だったから──あなたこそが、ナヴァロ様の居場所だったから」
「ナヴァロ……!」
シャーリーン様は立ち上がり、ナヴァロ様のほうへ駆け寄った。しかし途中でガクン、と膝から崩れ落ちてしまう。彼女の瞳には光が宿っていた。
「お母様!」
ナヴァロ様がそんな彼女を受け止めた。
「な、ナヴァロ……ごめんなさい」
「……お母様」
「ごめんなさい、酷いことをたくさんしてごめんなさい……!」
大粒の涙をボロボロと流しながら、シャーリーン様は謝罪を繰り返した。ナヴァロ様も男泣きをしている。わたしもつられて涙が滲んできた。
「シャーリーン様。わたしもあなたの義娘です」
わたしはシャーリーン様の両肩にそっと手をかける。
「わたしたち、きっといい家族になれます。そして、今度こそ、そこが居場所になります。だから……」
「……エリザベス」
シャーリーン様はわたしが言い切る前に、スッと立ち上がった。わたしは鼻をすんすんとすすりながら、彼女の行く末を見守る。
シャーリーン様は先ほど自身が落としたナイフの前で立ち止まると、わたしたちに振り向いた。
「あなたと家族になるのも、悪くはない未来だったかもしれないわ」
それは、ひまわりのような、とても可愛らしい笑顔だった。
……こんなに、素敵な笑顔の人だったんだ。
これまでの苦労のせいで老け込んでいたのかもしれない。
「シャーリーン様……!」
わたしは嬉しくなって、立ち上がり手を伸ばしたが。
パァン!
シャーリーン様の手によって叩き落とされてしまった。
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