2 誰の息子?
「黙れえええぇぇぇ!!」
シャーリーン様が今度は深々と、エヴァレット王の腹にナイフを突き刺した。
「きゃあああああああ!!!」
急な動きにわたしはただ悲鳴をあげることしかできなかった。
嘘、嘘、嘘。
待って、待ってよ。
そんなことって……!?
彼女は、エヴァレット王の腹の奥まで刺さったナイフをぐりぐりと押し付けてから、思いっきり引き抜く。
「がはっ……!」
エヴァレット王の衣服はあっという間に赤く染まった。どさり、とエヴァレット王が崩れ落ちる。
国王様を、刺した……!?
シャーリーン様はエヴァレット王の不倫に散々怒っていた。それはエヴァレット王への愛ゆえだと思っていたのに。
ずっとエヴァレット王が好きだから行動していたんじゃないの?
ルカ様を刺して、エヴァレット王まで刺して。
……何がしたいの!?
「は、はは、あはははは!」
静かな部屋にシャーリーン様の乾いた笑い声が響く。彼女の瞳には何も映っていない。
……狂ってる。
「お母様……! お父様……!」
ナヴァロ様は絶望しきって、動けずにいる。隣には瀕死の弟がいるのだから、尚更だ。
「最初からこうすればよかったんだわ! エヴァレットの愛なんて期待せずに!」
壊れた人形のように高笑いをするシャーリーン様。
エヴァレット王はまだ生きているのだろうか……!?
わたしがシャーリーン様から血まみれのエヴァレット王に視線を移したのと、マリア様が動き出したのは同時だった。
「……くっ」
マリア様はエヴァレット王に駆け寄り、まだ脈はある、とジェスチャーした。彼女はエヴァレット王に恨みがあるだろうに、医者としての矜持を感じる。
「いい気分だから教えてあげる、小娘共!」
シャーリーン様は両手を広げて、上機嫌にわたしたちを見渡した。
「ルカの本当の母親はミスティじゃなくてわたくしなの!」
え……!?
ナヴァロ様の髪質や顔の形はシャーリーン様そっくりなのに……!?
でも、もしそうだとしたら、シャーリーン様の行動すべてに納得がいく。ナヴァロ様を殺そうとしたことも、わたしを殺そうとしたことも──実の息子であるルカ様を一番に考えていたからだったんだ!
「だから早くわたくしの息子を助けなさい、マリア!」
シャーリーン様はルカ様を指差す。
「……誰のせいでこうなってると思ってんのよ」
マリア様は小さく舌打ちした。
彼女は今、ルカ様より傷が深いエヴァレット王の止血に取り掛かっている。医療書で読んだ。負傷者が多く、治療者が足りない場合は、重症度によって優先順位をつける。
医療書の記憶を掘り起こしながら、わたしは気づく。
治療者が足りない場合……?
いや、止血ならわたしにだってできる……!
マリア様に教わったから!
「ルカ様!」
わたしはルカ様の元へしゃがみ込む。包帯代わりの破いた白衣が巻き途中だった。細長くなった白衣だったものをつかみ、ルカ様の体へ巻きつけていく。
「てっきり、シャーリーンは兄様側だと思っていたが……逆だったのか……」
ルカ様は眉間に皺を寄せ、苦悶の表情をしていた。
「じゃあ、俺の本当の母親が……シャーリーン……?」
ただでさえ傷が痛むのに、衝撃の事実を告げられて二重に苛まれている。そもそも、わたしたちはミスティ様のお墓だって見たのだ。それが事実だとしても、今更受け入れられるわけがない。
「だとしたら、僕がミスティの子供……?」
ナヴァロ様も混乱している。金髪のナヴァロ様と藍色の髪を持つミスティ様では特徴がまったく似てないのだから。
シャーリーン様の行動は説明できるが、実際問題、真実かと問われれば疑問点が多い。
本当に、彼女の主張は正しいのか……?
「わたしは……」
そっと声を絞り出す。全員の注目がわたしに集まった。
「ルカ様は、シャーリーン様の子ではないと思います」
シャーリーン様の目をまっすぐ見て、わたしは伝えた。
「ミスティ様は、ルカ様と同じ藍色の髪を持つ女性と聞いています。エヴァレット様もシャーリーン様も金髪……お二人の子供が藍色の髪になるはずがありません」
「違う!」
シャーリーン様が吠えた。ダン! とハイヒールで床を思いっきり踏んだ。まるで地団駄を踏む子供のようだ。
「優秀なほうがわたくしの子供よ! こんなチビで剣術もまともにできないグズはわたくしの子供ではない!」
シャーリーン様はナヴァロ様のほうを一瞥もせずに叫ぶ。ナヴァロ様は辛そうに眉をしかめた。
両親にグズ呼ばわりされていたわたしには、ナヴァロ様の気持ちが痛いほど伝わってくる。
そうか、確かにルカ様のほうが身長は高い。それに加えてあの強さだ。きっと幼少期……いいや、生まれた時点で差は歴然としていたのだろう。
ナヴァロ様はルカ様より劣等だと。
シャーリーン様は自分の子供がミスティ様の子供より劣っていることが受け入れられなかった。
「シャーリーン様がそう思い込んでいるだけです!」
わたしが叫ぶと、エヴァレット王が重体にもかかわらず、口を挟んだ。
「はは、こんな小娘に、言われるとはな」
「エヴァレット王! 今喋ったらダメです!」
マリア様の制止を聞かず、エヴァレット王は一呼吸したのち、
「最後まで、馬鹿だったな……シャーリーン……」
そう言って、事切れた。
「エヴァレット王!?」
マリア様が呼びかけ、脈を測ったり、心臓の音を聞いたりするが──明らかに、素人目から見ても、命がなくなったのだとわかる。
エヴァレット王が……国王が……死んだ……。
失脚させなければとは思っていたけれど、こんな形は望んでいない。わたしは呆然と死体になった国王を見つめることしかできなかった。
「…………」
沈黙が主人を失った執務室を包み込む。
「……エリちゃん、代わるわ」
マリア様は俯き、歯を食いしばりながら、すぐにルカ様の治療に戻った。わたしは自分が座っていた場所をマリア様に明け渡す。
「お父様……? お父様!」
ナヴァロ様はエヴァレット王に駆け寄った。もう動かなくなった父親に、道具のように扱われてきた父親に、ナヴァロ様は涙を流した。
「……ルカが、ミスティの子……?」
カラン。
シャーリーン様がナイフを落とした。エヴァレット王に告げられた真実を反芻している。夢から覚めたような気分だろう。
「じゃあ、今までのわたくしはなんだったの……?」
両手で頬を挟み、ワナワナと震えるシャーリーン様。わたしはその様子を見て確信した。
「ナヴァロ様にナッツを盛ったのは、シャーリーン様なんですね」
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