1 わたしにできること
シャーリーン様のナイフはわたしには届かなかった──わたしを庇った人がいるからだ。
「……ぐっ!」
「ルカ様!?」
わたしの目の前で、ルカ様の腹にナイフが突き刺さっていた。
「いやああああああああ!!」
シャーリーン様が悲鳴をあげながら、ナイフをルカ様から抜いた。ルカ様の服が血に染まっていく。ルカ様はがくり、と膝をつき、そのまま床に倒れた。わたしは彼に駆け寄り、しゃがみ込む。
「ルカ様! ルカ様!」
これ……ルカ様と最初に会ったときの予知だ……!
執務室のような場所で誰かを庇ってお腹を刺される──庇われているのは、わたしだったんだ!
わたしのせいで、ルカ様が……!
そんな、そんな……!
「ルカ様! 大丈夫ですか、ルカ様!」
「……エリザベスは、無事か……?」
「わたしは大丈夫です!」
「……なら、よかった……ぐっ……」
ルカ様は小さく笑ってから、痛みに顔を歪めた。意識はあるものの、喋られるような状態ではなさそうだ。ルカ様の腹を押さえる手はどんどん血まみれになっていく。
止血、止血をしないと!
止血する布はどうしよう!?
それから、お医者様を呼ばなくては……!
「エリちゃん、どいて」
冷水を浴びせるようにマリア様の声が上から降ってきた。
「マリア、様……」
わたしはゆっくりと彼女を見上げる。焦りもしない冷静な瞳がわたしを見据えていて、わたしは言われるまま横にずれた。マリア様はしゃがみ込んで、傷の状態を診る。ルカ様が小さくうめいた。
「大して傷は深くないわ。止血する。ここは私に任せて」
マリア様は言いながら、自身の白衣の裾を破いて包帯代わりにし始めた。
「マリア様、わたし、わたし……」
「しっかりしなさい!」
動揺して彼女の袖を掴むわたしに、マリア様は喝を入れた。
「私は人のために最後まで戦うと約束したわ。だからエリちゃんも、あなたが決めた道を進みなさい」
わたしが決めた道……。
マリア様の袖を掴む力が抜ける。
「マリア、ルカは大丈夫なのか……!?」
「大丈夫よ。絶対に助けてみせる」
ナヴァロ様とマリア様の会話がどこか遠くに聞こえるようだ。わたしは震える足で立ち上がる。
ルカ様が助けてくれた。その事実を無駄にするわけにはいかない。
わたしにできることはただ一つ。
それは──真実を明かすこと。
「シャーリーン様」
「いやああああ! ルカが! わたくしの息子が! なぜこんなバカな娘を庇うの!? いやああああああ!!」
シャーリーン様は血に塗れた左手で頭を抱えながら発狂していた。その様子に疑問が溢れてくる。
なぜ、刺したほうが狂っているの……?
ルカ様がシャーリーン様の息子……?
叫んでいる言葉が何一つ理解できない。
「あぁ、これだからお前とは結婚したくなかったんだ」
エヴァレット王は息子が刺されたというのに、大して驚きも悲しみもしていなかった。やれやれというふうに肩をすくめる。
「エヴァレットぉ!」
シャーリーン様は涙をボロボロとこぼしながら、眉間に皺を寄せてエヴァレット王を睨みつけた。普段なら敬語でエヴァレット王と話していたはずだが、興奮のあまり抜け落ちている。
彼女は血まみれのナイフを手にしたまま、ずんずんとエヴァレット王との距離を詰めた。
殺人未遂を犯した犯人が至近距離まで迫ってきているというのに、エヴァレット王は堂々としていた──どころか、火に油を注ぎ始めた。
「ずっと邪魔だったエリザベスを殺そうとしたんだろう? 牢から逃げ出した報告を聞いて、居ても立ってもいられなくなって」
エヴァレット王はわたしをチラリと見た。名前が出て、びくりと体が震える。彼は構わずため息をついて続ける。
「昔から短絡的ですぐに気をおかしくする……そういうところが嫌だったんだ」
「ううううるさい! 誰のせいで!」
シャーリーン様の眼中にはもうエヴァレット王しかいないようで、刺されたルカ様の心配はどこへやらエヴァレット王に激昂し始めた。対するエヴァレット王はシャーリーン様を鼻で笑った。
「俺のせい?」
どうなっているの、この夫婦……!?
喧嘩より何より、ルカ様の心配をするべきじゃない……!
「俺がミスティと出会う前から、お前はそうだったよ。だからミスティを好きになったんだ。せっかく聖女の役職まで与え、王宮まで連れてきて子供を産ませようとしたのに……お前が断罪なんてするから」
断罪……!
ルカ様がミスティ様と離れ離れになった原因。
ミスティ様を王宮追放したのはシャーリーン様だったのか!
「何が悪い! あんな女を連れてくるお前がいけないんだろうが!」
でも言われてみれば、彼女がやったとしか思えない。シャーリーン様の妊娠中に、身籠ったミスティ様が王宮にやってきたのだから、もっとも煩わしく思うのはシャーリーン様だろう。
「わたくしからエヴァレットを奪ったあの泥棒猫を追い出すにはそうするしかなかった! 途中まではうまくいった! わざと赤子のナヴァロにナッツを食べさせて、ミスティに罪を被せ、王宮追放に成功した……なのに!」
過去のピースがどんどん当てはまっていく。
シャーリーン様が犯人なら、たとえ冤罪に気づいた者がいたとしても、王妃を断罪などできるわけがない。
そして、ナヴァロ様がナッツに拒絶反応を起こすことを知っている、エヴァレット王に次ぐ人物。
「どうしてまた聖女を連れてくるのよぉ!!」
シャーリーン様は大泣きしながら捲し立てる。エヴァレット王はわざとらしく耳を手で塞いだ。
「……?」
わたしは一つの疑問を抱く。
どうして現在になってシャーリーン様はナヴァロ様の食事にナッツを仕込んだのか?
どうしてエヴァレット王はシャーリーン様が犯人だと言ったのだろう?
思考している間に夫婦喧嘩はヒートアップしていく。エヴァレット王が大袈裟に頭をかいた。
「はぁ……俺はミスティと結婚したかった」
その一言が、シャーリーン様の逆鱗に触れた。
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