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3 エヴァレット王

 ナヴァロ様が見張りの気を逸らしてくれたおかげで、牢からは難なく脱出できたが、逃げ出したことはあっという間に気づかれた。マリア様とナヴァロ様と三人で、国王の執務室を目指す。


「ねぇ、エリちゃん」

 横を走るマリア様が不意に話しかけてきた。


「あなた、聖女の才能があるわよ」

「聖女の才能?」


 今更なにを言っているのだろう?


 聖女とは、国王が愛人を持つために作った役職。しかも、中身はただの医者だと教えてくれたのはマリア様なのに。


「聖女という役職って、大昔は本当にあったのよ」

「女性のお医者様がそう呼ばれていたのではなく?」

「えぇ。本来の聖女──人を癒す役割としてね」


 人を、癒す……。


 わたしにそんな立派なことができるだろうか。魔女と呼ばれ、忌み嫌われてきたわたしが。


 マリア様は黙ってしまったわたしにフッと笑いかける。


「エリちゃんにはその才能がある。私が認めるわ」


 ……わたしが、本物の聖女に?


「おい! そこまでだ!」

「……!」


 護衛たちの怒号によって、会話は途切れた。

 目的地がもう目と鼻の先だというのに、三人の護衛が立ちはだかった。向こうは剣を抜くが、こちらは丸腰だ。


 何か、何か打つ手はないかしら……!?


「僕は第一王子だ! 命令だ! 道を開けろ!」


 そうだ、こちらにはナヴァロ様がいる!

 ナヴァロ様が一歩前に出て命令を出してくれるが、


「こちらは国王陛下の命で動いております! 第一王子様と言えど、国王の命令に背くわけには参りません!」

「くっ……!」


 最強のカードも国王様の力の前には効力がないようだ。


「両手を頭の後ろで組んで、膝をつけ!」


 剣先を向けられながら、彼らは怒鳴り続ける。わたしたちは躊躇って視線を交わすが、おとなしく従う他はなさそうだ。マリア様は静かに首を横に振った。


 ナヴァロ様がいるからなんとかなると思ったのに……!


 膝をつくわたしたちを縛ろうと、三人の護衛のうち一人が縄を持ってくる。


 まずい、このままじゃ……!

 また牢に戻らされて、もっと厳重な捕縛をされて、明日の処刑に一直線。自分が首を吊っている姿を想像して、血の気が引いた。


 ぎゅ、と目を強く閉じる。


 誰か……!


「ぐあっ!」


 突然、護衛の一人が呻き声をあげた。

 目を開くと、床に転がっている護衛の姿が。でも周りには誰もいない。


 いったい、誰が……?


「なに!?」


 他の二人が状況を確認する間もなく、同様に気絶して床に伏した。


「少し眠っていてもらうぞ」


 わたしたちの窮地を救ってくれたのは──


「ルカ様!!」


 目に捉えるのも難しい速さで三人を伸したルカ様だった。


 わたしは思わずその胸に飛び込んでしまう。


「お」

「怖かった、怖かったです……!」


 ルカ様はぎこちない動きで、わたしの頭を撫でてくれた。

「……遅くなって悪い」


 動きこそ固いが、わたしを大切に扱おうとしてくれるのがわかる。


 やっぱり来てくれた。

 会えて嬉しい。


 恐怖から解放された安堵感と再会の嬉しさで、わたしに尻尾が生えていたらぶんぶんと振っていただろう。


「ちょっと、イチャイチャは後にしてくれる?」


 マリア様の声でわたしはブンッとルカ様から身を離した。心なしか、ルカ様が寂しそうな顔をしていた。


「そうだな、急ごう」


 ルカ様は咳払いをしてから走り出す。後ろでナヴァロ様がやれやれ、と肩をすくめているのが視界に入った。


「父の執務室に行きたいんだな?」

「そうです!」

「よし」


 ルカ様を先頭にわたしたちはエヴァレット王の執務室を目指し始めた。


「ルカ様、どうやって……」

「今みたいに、俺の部屋の見張りには少し眠ってもらっている」


 手荒な真似を……。


 それにしたって強すぎる。第一印象でも強そうだとは思っていたが、それを上回る相当な実力がありそうだ。気絶させられた皆様のことを思うと、少しだけ同情する。


「ここだ」

 わたしは全員を見回した。みんな、うなずきで返してくれる。


「いくぞ」


 ルカ様を先頭に国王の執務室の扉を開ける。


 さすが国王の部屋。エレガントな雰囲気はそのまま。手前には来客用のソファが二つとローテーブルが一つ。その奥には執務机と椅子があり、エヴァレット王はその執務机に肘をついて座っていた。


 まるで、来るのがわかっていたかのように……。


「厄介だな……」


 エヴァレット王はポリポリとナヴァロ様に似た金髪の頭をかいて、わたしたちを順繰りに見渡す。こちらから乗り込んだというのに、わたしたちは言葉を発せられない。


「ナヴァロ」

「……っ!」


 低い声で名前を呼ばれた瞬間、ナヴァロ様の肩が大袈裟なくらいビクッと跳ね上がった。体に染み込んでるんだろう、この人から植え付けられた恐怖が。


「どういうつもりだ?」


 ゾワッ。


 本能的に怖いと思った。彼から直接手を下されたことのないわたしでも。


 これが、権力者の圧力。


 エヴァレット王が王たる所以を、全身でビリビリと感じた。


「……それは……」

 ナヴァロ様は説明できない。ただカタカタと震えてしまっている。


 無理もないことだ。さっきまで言いなりになっていた存在に歯向かえる精神力など、そんな一瞬では育たない。


 わたしは、ふーっと息を長く吐いてから、一歩前に出る。

 ここに来たいと言ったのはわたしなのだから。説明するのはわたしの役割だろう。


 わたしは胸に右手を当てて、自身を落ち着かせる。心臓のドキドキが少しだけ遅くなった気がした。強い威圧感に立ち向かう覚悟を決めて言う。


「わたしがワガママを申して、ここまで連れてきて頂きました」

「ほう? 命乞いか?」

「いいえ」


 わたしはぎゅ、と拳を握りしめた。その拳はナヴァロ様同様、ブルブルと震えていた。


 ……情けない。決着をつけると決めたのに。


「……!」


 ルカ様がわたしの拳に手を添えてくれた。大きくて優しい温もりが、手袋越しに伝わってくる。


 ……あたたかい。


 ルカ様を見上げれば、彼もわたしを見つめていた。藍色の瞳が「そばにいるぞ」と言っているようだった。


 ……大丈夫だ。


 この人がいれば、わたしはなんだってできる。胸の奥からふつふつと勇気が湧いてきた。


「ナヴァロ様にナッツを食べさせ、ルカ様を暗殺しようとしているのは、エヴァレット王ですよね?」

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