2 ナヴァロの意思
コツン、コツン、と足音が牢に響いた。誰かが見張りをどうにかして、牢に入ってきたんだ。
「ルカ様……!?」
わたしはガバッと牢の外に顔を向けた。マリア様は退屈そうに髪の先をいじっている。
「残念、僕だよ」
わたしたちの目の前に現れたのはナヴァロ様だった。薄暗い牢の中では、ナヴァロ様の美しいお顔にも影が落ち、どことなく悲しそうに思えた。
鉄格子を挟んで、ナヴァロ様は言う。
「お前たちの処刑日は明日だ」
「明日……!?」
そんな早急な……! この短い時間で決まったというの……!?
わたしは顎をつまんで考える。
「それなら、今日中にすべてを解決しないといけません……!」
誰がナヴァロ様を殺そうとしているのか。
誰がルカ様を殺そうとしているのか。
王子暗殺未遂事件のすべてを。
「全然諦めてないな」
思案するわたしに、ナヴァロ様はフッと鼻で笑った。マリア様が顔を上げてこちらを見やる。
「えぇ」
わたしはナヴァロ様を真っ直ぐ見据え、宣言した。
「わたし、生きることに決めましたから」
「…………」
ナヴァロ様はハッとしてから、だんだんと俯いていく。前髪に隠れて表情が見えなくなった。
「なぁ……」
沈黙の時間がしばらく続いたかと思えば、消え入りそうな声でナヴァロ様が話しかけてきた。
「なんでそんなふうに思えるんだ?」
「え……?」
ナヴァロ様は今にも泣き出しそうな目でわたしを見た。アクアブルーの大きな瞳は、助けを求めているようで。
「なぁ、僕は本当にこれでいいのか? お父様とお母様の言いなりのまま、マリアを処刑して、それで王子の箔が付くって……そんな、人生で」
溢れ出てくるのは、言葉か、涙か。
わたしは鉄格子を掴む彼の手に、自分の手をそっと重ねた。
……彼の気持ちが痛いくらいわかる。
ナヴァロ様は、あの頃のわたしだ。
「わたしも、両親の言う通りに生きる人間……いいえ、人形と形容したほうが的確かもしれません。そういう生き方をしていました」
「…………」
ナヴァロ様もマリア様も、黙ってわたしの話に耳を傾けてくれた。わたしは続ける。
「でも、助けてくれました。ルカ様が、マリア様が。魔女と呼ばれ、蔑まれていた、何の取り柄もない、こんなわたしを」
「助けてないわよ、利用しただけ」
マリア様がぶっきらぼうに口を挟む。その声には少しの罪悪感が滲んでいた。わたしは振り返って、マリア様に微笑む。
「でも、今、ここにいらっしゃるでしょう?」
「…………」
当時はわたしを利用しようとして近づいたのだろうけれど、マリア様は逃げないことを選んだ。その事実だけで、わたしは十分だ。マリア様と過ごす中で、わたしが心を救われたのは本当なのだし。
「いつでも死んでもいいと思っていました。ナヴァロ様に魔女の疑いをかけられたとき、マリア様を助けに行くと決めたとき──それだけ両親の言いなりでいたわたしは、自分のことを大事に思えなかったのです」
「…………」
ナヴァロ様は応えない。
ただ、ナヴァロ様がわたしを処罰しようとした過去を持ち出されて、少しだけバツが悪そうな顔をしていた。
「でも、ルカ様に言われたんです。お前が死んだら俺は寂しい、と。」
重ねた手に力を込める。
「そのとき、わたしは生きてていいんだと思いました。わたしの人生を、生きてていいんだと」
「自分の人生を……」
ナヴァロ様のアクアブルーの瞳が揺らいで、水面のように綺麗だと思った。
「ナヴァロ様。わたしはあなたが信じる道を生きるべきだと思います。エヴァレット様やシャーリーン様が許さなくても、わたしが許します」
わたしの声は淡々と牢に響いていた。よく喋るナヴァロ様とマリア様が沈黙して、わたしが話し続けるなんて不思議な時間だ。
それだけ、真剣に聞いてくれているということだ。話を聞いてもらえるって、どんなに嬉しいことか。心を尽くして、この思いを届けたい。
わたしはナヴァロ様と目を合わせる。
「あなたは、自分の人生を生きていいんです」
「…………!」
ぶわり。
アクアブルーの水面から溢れ出る涙は、とても静かで、激しかった。可愛らしい顔面をくしゃくしゃに歪ませながら、ナヴァロ様は涙を手で拭うことはなかった。嗚咽すら出さず、泣いていた。
……わかるなぁ。
その姿を見て、勝手に共感してしまう。
声を出して泣いたら、うるさいって怒鳴られちゃうもんね。
子供の頃に習得した処世術が同じだと知って、切なさが胸を締め付けた。
「……あーあ」
ひとしきり泣き終わったナヴァロ様は、鼻をズビッと鳴らして天を仰いだ。
そして、ポケットから取り出したのは──牢の鍵。
「これで僕も処刑だ」
言いながら、手際よく鉄格子の扉を開けてくれた。わたしとマリア様は驚きを隠せない。
最初から鍵を持ってきていたなんて、もしかしたらナヴァロ様の中で答えは決まっていたのかもしれない、なんて無粋な考えが頭をよぎった。
「あ、ありがとうございます……!」
「やるわね」
「うるさい。これからどうするんだ?」
鉄格子の檻から出たとて、次は出入り口で見張っている護衛をどうにかしなきゃいけない。ナヴァロ様が尋ねているのは、多分その先の話だろう。
「エヴァレット王の部屋へ向かいます……!」
「え? 国外逃亡じゃないの?」
素っ頓狂な声を出すマリア様に、わたしは真剣に答えた。
「えぇ。すべてに決着をつけないといけませんから」
「すべて……か……」
ナヴァロ様は何のことかわかっているようだ。わたしは二人を見回してうなずく。冷や汗が頬を伝った。
「エヴァレット王を失脚させなければ──この国は戦争が始まります」
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