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1 希望の王子

 わたしとマリア様は縄で捕縛され、謁見の間でエヴァレット王の前に跪かされていた。ルカ様は第二王子なので捕縛こそされなかったが、わたしたちの隣で片膝をついている。国王様の隣で、ナヴァロ様が気まずそうに立っていた。目が合うと、顔を顰めて目を逸らされてしまう。


「マリアぁ! よく俺から逃げられると思ったなぁ!」

 国王様はゆっくりとマリア様に近づき、その前髪を乱暴に掴んだ。顔を無理矢理上げさせる。


「お前はもっと賢い女だと思っていたんだがな?」


 にんまりと気持ちの悪い笑みを浮かべるエヴァレット王に、マリア様はひるまなかった。ふっ、と鼻で笑った彼女は言う。


「……ミスティ様のように?」


 ガッ!


 国王様は無言でマリア様の頬を殴りつけた。大きな音を立てて床に倒れ伏す。


「マリア様!!」

「……ったいわねぇ……」


 マリア様の口から一筋の血が流れる。


 これ……! 予知と一緒だ……! 

 マリア様と最初に出会ったときの予知と……! 

 このことだったんだ……!


「大丈夫ですか!?」

「ちょっと口の中を切っただけよ」


 ペッ、と血の混ざった唾液を床に吐き捨てて、マリア様は座り直した。ギロリとエヴァレット王を睨みつけるが、エヴァレット王は鼻で笑って言う。


「そいつらを牢に入れておけ。処刑は近日中に行う」


 処刑……!


 覚悟はしていたものの、実際に言われると背筋がゾッとした。


 国民の前でわたしたちは見せ物のように殺されるのか……!


「処刑人はナヴァロ、お前がやれ」

「え!? ぼ、僕ですか……!?」


 ナヴァロ様は人差し指で自分を指差し、予想外の指名に慌てていた。


「ど、どうしてですか……!? それこそ、ヨールド団にやらせれば……!」

「なぜだ? お前に花を持たせてやろうと言うのだ。ありがたく思え」


 国王様は冷たく言い放ち、謁見の間から去って行った。


「……んだよ……」


 ナヴァロ様は拳を硬く握って立ち尽くしたままだった。


 花を持たせる? 人を処刑することが?


 到底理解できないエヴァレット王の考えに、きっとわたしもナヴァロ様と同じ気持ちだった。


「おい、お前ら立て!」

 兵士にせっつかされ、牢へと続く順路を歩かされる。後ろをチラリと見やると、ルカ様も自室に戻るよう誘導されていた。ナヴァロ様の様子も気になるが、何も言葉を交わせずにお別れとなった。


「いたっ」

「ちょっと、聖女なのよ! 丁重に扱いなさい!」


 わたしとマリア様は兵士によって、同じ牢に放り込まれた。縄だけは解いてもらえたが、鉄格子の中で何ができるとも思えない。だから解かれたのだろうが。


「どうしましょう……」


 わたしはマリア様に尋ねる。牢の前に兵士はいないが、おそらく先の一つしかない出入り口に配置されているんだろう。


「ルカ様に期待するしかないわね」


 マリア様は牢の中だというのにふんぞり返って固い床に座っていた。やはりメンタルが強い、この人。


「ルカ様はおそらく部屋で謹慎処分のようだから、どうにか抜け出してくれたらいいんだけど」


 きっとルカ様の部屋の前にも見張りがいるから難しいことを言っている。


 それでも願わずにはいられない。ルカ様なら、なんとかしてくれる。


 ──「俺が絶対にお前を守る」


 ミスティ様のお墓の前で宣言してくれた彼を、わたしはひたすらに信じていた。


***


「よかったわね、殺す手間が減って」

 ベッドに横たわるシャーリーンはドア付近で棒立ちになっているナヴァロに声をかけた。


「そ、う、ですね……」


 ナヴァロは歯切れ悪く答える。先ほど、エヴァレットから処刑日を聞かされたばかりだ。シャーリーンはそんなナヴァロに一瞥もくれず、話し続ける。


「生意気な小娘共を一掃できる良い機会じゃない。これで……」

 ふぅ、と一息つき、シャーリーンは窓の外を見つめた。


「あの人は、わたくしだけを見てくれるようになる……」

「…………」


 ナヴァロは何も言わない。あの人とは、父のことだろう。


 母が妊娠中に若い聖女と恋に落ちた父。

 暴力や不機嫌で周りを支配し、思い通りに動かす父。


 そしてヒステリックに感情を爆発させる母。


 ──「処刑人はナヴァロ、お前がやれ」

 ──「エリザベスを殺しなさい」


 僕はいつまでも両親の駒だ。


「お前も命拾いしたわね。もうすぐエリザベスを殺せなかったら、お前を殺す期限だったのだから」

「……そうですね」


 ようやくシャーリーンがこちらに視線をやったと思えば、あまり聞きたくない話題だった。


「お母様の体調が戻ってよかったです」

「えぇ、もう下がっていいわよ」


 そもそも、シャーリーンの部屋には、聖女マリアを連れ戻したこととその処刑についての報告のために訪れていた。過呼吸になった後の具合を見るためにも、ナヴァロが直々に参ったのだが。


 ……お母様にとっては、僕じゃなくてメイドが報告に来たとて、あまり意味は変わらなかったのかな。


 ナヴァロは母を刺激しないように、そっと退室した。自分の執務室に足を進めながら、ふと考える。


 ……僕は本当にこれでいいのか……?


 マリアの保護を手助けしたのは、紛れもない自分の意思だった。

 しかし、計画は失敗に終わり、今、自分の手でマリアを殺そうとしている。人殺しなんて絶対できない、こんな自分が。


 ナヴァロは自身の両手を見つめる。


 人を殺すなんて絶対に嫌だ。


 なのに、それが「花を持たせてやる」? 頭おかしいんじゃないのか? 人を殺すんだぞ?


 ……僕に、できるわけがない。


 いや、違う。


 僕は、やりたくないんだ。


 たとえ、お父様の命令だとしても。


 でも、お父様に逆らうことも僕にはできない……。


 見つめていた両手はいつの間にか両目を覆っていた。いくら探しても自分の中から答えは見つからない。ナヴァロは顔をあげて爪先の方向を変える。


 自分の執務室ではなく──牢へ。

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