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3 ミスティ

 ルカ様はわたしたちが落ち着くのを静かに待ってくれた。


 ようやく涙がおさまってきた頃、マリア様は「二人に案内したい場所があるの」と言って、先頭を歩き始めた。


 街から出て森に入ると、すぐに開けた空間に出る。木々が生えておらず、小さな原っぱのようだ。その中心に一つだけ、ポツンと墓があった。墓は大して汚れておらず、花が供えられている。誰かが定期的に手入れをしているのだろう。


「ルカ様……」


 マリア様が墓の前でわたしたちに振り返る。

 マリア様の師匠はルカ様のお母様で、ここはマリア様の故郷──つまり、ルカ様のお母様がいてもおかしくないわけで。

 ルカ様はハッとして、墓に駆け寄った。


「まさか、母さんの……!?」


 屈んで墓をよく見ると、ミスティの名が刻んである。その文字を指でなぞって、ルカ様は片膝をついたまま動かない。


「そんな……」


 わたしは口元を両手で覆った。


 ルカ様はお母様に再会することだけを希望に、今まで生きてきたというのに。その唯一の希望がもういなくなっていたなんて……なんと声をかけたらいいかわからない。


「ミスティ様はだいぶ前に病で亡くなられたわ」


 マリア様はミスティ様のお墓を優しい瞳で見つめていた。彼女の手はわずかに震えている。


「ルカ様を産んですぐ、ナヴァロ様にナッツを食べさせた冤罪で王宮追放されて、この街に戻ってきた。私はミスティ様が帰ってきて嬉しかったけれど、彼女は日に日にやつれていって……」


 顔を伏せるマリア様。


 産んだばかりの息子を取り上げられるなんて、酷い仕打ちに精神が病んでもおかしくない。そこに体の病まで重なったら……想像するだけで泣いてしまいそうだ。


「ミスティ様は最期までルカ様の心配をしていたわ。あの子の居場所はあるのかしらって……」

「居場所……」


 ルカ様がつぶやく。わたしはハッとした。ミスティ様の心配は的中し、王宮内にルカ様の居場所はなかった。


 きっとどこかで生きているミスティ様に会うことを、心のよりどころにしてきたのだから。


 つまり、今、ルカ様の居場所は……。


「ここに連れてきてくれてありがとう、マリア」


 ルカ様はゆっくり立ち上がった。袖で乱暴に目元を拭いてから。わたしたちに振り返ったときには、いつもの凛々しいお顔立ちに戻っていた。


「俺たちはお前を助けるために来たんだ」


 彼が無理して切り替えてくれているのがわかる。


「助けに……?」


 マリア様は首を傾げる。わたしは鼻をすんと吸ってから、話を引き取った。


「エヴァレット王がマリア様を探しています。ヨールド団がいずれここにもやってきて、捕らえられたらマリア様は……」

「……処刑されるってわけね」


 わたしとルカ様はうなずいた。


「だから、旦那様と早くここから逃げてください! 国外まで行けたら安全だと思います、さぁ早く!」


 必死で急かすわたしたちとは裏腹に、マリア様は悠長に顎を摘んで思案を始めた。


「……それがバレたらあなたたちはどうなるの?」

「……っ!」

「私だって、リスクを承知で抜け出しているのよ。手を貸したなんてバレたら、ルカ様はともかく、エリちゃんはただでは済まないでしょうね」

「それは……」


 わたしは拳を握りしめて下を向いた。そんなことは覚悟の上で出てきたのに、ルカ様に「生きていてほしい」と言われて心が揺らいでしまっている。


 ルカ様と一緒に生きたい。マリア様を逃したあと、なんとか知らないふりをして通せないだろうか。


 少し考えてから首を横に振る。


 ……無理だろうな。


「…………わ」

「そんなことはさせない」


 ルカ様に遮られた。思わず彼を見上げると、真剣な眼差しでわたしを見ていた。


「俺が絶対にお前を守る」

「ルカ様……」


 じわじわと嬉しさがせり上がってきて、涙がまた溢れてしまいそうになる。


 なんであなたはこんなに優しいのですか?

 なんでわたしにそこまでしてくれるんですか?


 色々問いただしたい気持ちは言葉にならず、ため息となって口から漏れ出た。嬉し泣きを堪えて、わたしはルカ様を見つめ返す。


「ありがとうございます……」

 マリア様がポンと手を叩いた。


「それなら安心ね」

「じゃあ……!」


 やっと納得してくれたと思って、わたしは目を輝かせた──が、マリア様が笑顔で言い放った言葉は、まったく期待とは異なるものだった。


「でも、私はもう逃げないわ」

「え……」


 言われたことがうまく咀嚼できない。


「な、なんでですか!? もういいんですよ! 国王様の言いなりにならなくても、旦那様と一緒にいても!」

「あのね、私、エリちゃんにすごく助けられてきたの」


 マリア様は言うことを聞かない子供を諭すように、わたしの両手を握った。手袋越しから、彼女の体温が伝わってくる。


「あなたが私を助けるために来てくれて、本当に嬉しかった。同時に後悔もした。私はあなたを踏み台にして逃げたから。だから、今度は私があなたのために……」


 マリア様は頭を小さく横に振る。


「誰かのために、最後まで戦いたいの」

「マリア様……」

「これでも聖女だし」


 人を癒し、救う聖女──マリア様にこそ相応しい称号だと思った。美しい彼女は愛しい人と共になることではなく、人々を救うことを選んだのだ。


「それに、もうタイムリミットだから、ね」


 マリア様はわたしに背を向け、両手を広げた。その広げた両手が、天使の翼のようだ、と思った。


 太陽が彼女を照らす。白い肌と白衣が光を反射して眩しい。

 彼女の結婚式もこんな感じだった──ちょっと目を離したら、どこかへ消えてしまいそうな。


「聖女マリア! お前を脱走の罪で捕らえる!」


 マリア様が翼を広げたのを合図にしたかのように森からヨールド団が現れ、彼女の翼は乱暴にもがれた。

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