2 マリアとの再会
馬を引きながら街中を歩いていると、気のいい中年男性に話しかけられた。どうやら馬小屋の一部を貸してくれるらしい。ありがたく、ルカ様とわたしは馬を預けた。
「王子様だって気づかれませんね」
「ここまで来れば顔を知っている者も限られるだろう」
お互い使用人から借りた服を身に纏っているから、貴族だとも思われなかったようだ。馬を預けながらヒソヒソと話していると、馬小屋を貸してくれた住民が振り向いた。
「そうだ、これから教会で結婚式があるんだよ。あんたらも見ていかないか?」
「結婚式?」
「うちの自慢の女医さんが帰ってきたんだ!」
わたしとルカ様は顔を見合わせた。
あそこだよ、と示された教会へ行くと、ちょうど教会の前に人だかりができていた。ルカ様と一緒にその後ろへ紛れ込む。教会の扉が開き、新郎新婦が登場した。
「わぁ……!」
思わず感嘆の声が漏れてしまう。
ウェディングドレスを身に纏ったマリア様は、この世のものとは思えない美しさだった。
真っ白な肌と純白のドレス。少しでも目を離したら消えてしまいそうな儚さ。
普段のマリア様とはかけ離れたイメージだったが、やはり、彼女は綺麗だった。
マリア様と出会ったときに、彼女が言っていたことを思い出す。
──「だから私は聖女を辞めて、婚約者を迎えに地元へ戻りたいの。わかる?」
本当は、ずっと結婚式を挙げたかったんだ。
わたしを聖女見習いにスカウトしてまで。王宮から脱走してまで。そのあとどうなるのか、わからないようなマリア様ではないだろうに。
見たことのない柔らかい笑みを顔面に浮かべる彼女は、全身から幸せが溢れている。わたしの全力の拍手は、手袋をしているせいでパスパスと情けない音しか出なかった。
よかった、本当によかった。
自然と目頭が熱くなり、込み上げてきたものを人差し指で拭いとる。
「…………」
ルカ様は無言で群衆と共に拍手を送っている。
マリア様の隣には、男性にしては背の低い旦那様が笑顔でみんなに頭を下げていた。彼がマリア様を「可愛い」と言うのだろう。本人も可愛い系だと思うが。
祝福を送る人々に手を振るマリア様とわたしは視線がぶつかった。
マリア様はわたしを認識して一瞬顔をこわばらせると、口の動きだけで「待ってて」と言ってきた。
ルカ様のほうに顔を向けると、ルカ様もわたしを見ていた。
「今の……」
「向こうにも伝えたいことがありそうだな」
わたしとルカ様は教会から少し離れた広場のベンチに腰を下ろした。
できれば早く来て欲しい。エヴァレット王の追手に追いつかれる前に。マリア様のこれからの幸せはわたしが守ってみせるんだ。
ソワソワと落ち着きないわたしに、ルカ様は言う。
「マリアだって急がなきゃいけないことくらい承知しているだろう。まぁ、気持ちはわかるが」
「はい……」
場違いにも気持ちをわかってくれたのが嬉しいと思ってしまった。
いやいや、キュンとしてる場合じゃないって。落ち着いて、わたし。
深呼吸しながら自分に言い聞かせていると、
「エリちゃん!」
一人しか呼ばないあだ名が遠くから走ってきた。
普段着に白衣を羽織ったマリア様が息を切らせている。
「マリア様……!」
感動の再会に両手を広げたが、何も受け止めることはできなかった。マリア様はわたしの正面で急ブレーキをし、高速で頭を下げたからだ。
「ごめんなさい!」
「え……」
「私、エリちゃんを利用した。医者が減ってもいいようにあなたを育て、あなたを遠ざけた隙に逃げ出した。彼とどうしても結婚したかったの」
思いは、痛いほど伝わってきた。結婚式で微笑むマリア様は、幸せそのものだったから。
悪意を持って利用されたとわかっていても、あんな表情を見せられてしまえば許さざるを得ない。彼女の境遇を知っていれば、尚更。
それに脱走しても聖療院に残った人が困らないようにわたしを育成していた──どこまでも彼女は医者だった。
マリア様は顔を上げた。
「だから、もうどうなってもいい。責任を取る覚悟はあるわ」
そして白衣のポケットから差し出してきたのは、カバーに包まれたナイフだった。
それが何を意味するのか。わたしにそれを渡すのはどういう意図なのか。
「おい……」
間に入ろうとしてくれたルカ様を片手で制する。ルカ様は不満げだったが引き下がってくれた。
「マリア様……」
「はい……」
わたしがナイフを受け取ると、マリア様は息を吐いてから身をこわばらせ、ぎゅ、と目をつむる。
……何が覚悟、ですか。
パァン!
わたしはその白い頬を思いっきり平手打ちした。何事かと、広場にいた住民たちが足を止める。
「……っ」
不意のビンタに、マリア様は数歩後ろによろけた。叩かれた左頬を手で押さえてわたしをびっくりした目で見つめてくる。そんなマリア様の両肩を掴んで、わたしは彼女を引き寄せた。
ぎゅう、と力いっぱい抱きしめる。
「……結婚できて、よかった……」
なんとか思いを伝えると、わたしの背中にもマリア様の両手が回された。
よかった。
間に合って、本当によかった。
婚約者のことを楽しく、照れくさそうに話すマリア様。
あなたが満面の笑みを浮かべられるような殿方と一緒になれたのなら、わたしはそれを心の底から祝福したい。
「……ごめんなさい」
肩に熱い雫が落ちてくるのを感じる。
マリア様も強く抱きしめ返してきて、わたしの服に深い皺ができた。
「……本当にごめんなさい」
わたしたちはしばらくそのまま泣いていた。
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