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1 エリザベスの存在

 馬を走らせてしばらくの間、ルカ様とは無言だった。それだけ必死にわたしたちは先を目指していた。

 一本道に出て落ち着いてきた頃、ルカ様がつぶやいた。


「……さっきのこと」


 さっき?


 後ろにいるルカ様へ顔を向けようとしたが、そこまで首が回らなかった。


 走り始めは上下左右に揺れていた馬の走り方も、今はゆっくりめに歩いている。それでもわたしが走るより早く到着するだろう。


「……処刑されてもいい、とか」


 言われてなんのことか察しがつく。

 ルカ様が寂しそうな顔をしていたときの話だ。


「……はい」

 返事をすると、ルカ様のおでこがわたしの肩にあてられた。


 ……甘えてるみたい。


「そんなこと、もう二度と言うな」


 ぐりぐりと頭が擦られる。


 処刑されてもいいなんて言うな──わたしの人生とは縁のない言葉だと思っていた。


 わたしさえいなければ。


 そんなふうに育ってきたから。


「……どうしてですか?」


 わかっている、つもりだった──ルカ様が何を言いたいのか。


 それでも言われたかった。


 誰でもないルカ様に。


「何度でも言ってやるから、何回でも聞け」


 ……まだ信じられないから。


 だって、わたしが死んだらルカ様は、なんて……。


 ルカ様は口をわたしの耳に近づけて告げた。


「お前が死んだら、俺は寂しい」


 ブワッ。


 花が開いたような。

 曇り空に光が差したような。


 わたしの中に、そんな風が吹いた。


「わ、わたしが……そんな……こと」


 掠れ声が絞り出てきた。


 涙は視界をぼやけさせたあと、すぐに頬を伝う。


「お前に生きていてほしいよ、俺は」


 生きていてほしい。


 死ぬほど欲しくて、どうしてももらえなかった言葉。


 わたしのどす黒くて深い部分にある呪いの鎖が、壊れた音がした。


「ぁ、ぅぁ、あぁ」


 嗚咽が漏れてしまう。我慢していたものが一気に溢れ出るように。


 これまでの苦しみが涙と鼻水とくぐもった声になって、わたしの外側へ排出されていく。


「あぁ、うぁぁ、ぁぁ」


 眉間に皺を寄せて、みっともなくわたしは泣いた。うるさいと怒鳴られるから、声を殺して泣くことには慣れていたのに。慣れていたはずなのに。癖になっていたはずなのに。


 傷つかないでほしいとか、守るとか、生きていてほしいとか。


 どうしてこの人は、ほしい言葉をたくさんくれるのだろう。


 ……わたし、生きていていいんだ。


 誰かのために死ぬんじゃなくて。


 ルカ様のために生きていいんだ。


「あんまり目を擦るなよ」

「だ、だって……」

「まぁ、生きようと思ってくれたなら嬉しい」


 ルカ様の笑い声が上から降ってくる。まるで祝福の笛みたい。


「到着するまでは好きなだけ泣いていいぞ」

「ありがとうございます……!」


 お言葉に甘えて我慢することを一切やめた。

 なんとか泣き止んだものの、思い出しては泣き、を何回繰り返しただろう。


「見えてきたぞ」


 いつの間にそんなに時間が経ったのか。ルカ様の視線の先には、こじんまりとした街が現れた。


「ここが……」


 マリア様の生まれ故郷。

 

 小高い丘から街全体を見下ろす。


 薄いオレンジの屋根が多く立ち並び、市場もあるようでそこそこ賑わっていた。その中央あたりに水色の屋根の建物が一つだけあり目立っていた。街長の家だろうか。


 小さな教会の前には、住民が集まっている。


 何か催しものをしているのかもしれない。


「ここでマリアを見つけられなかったら、おそらく父に先を越されるだろう。急いで探すぞ」

「はい!」


 ルカ様が再び馬を走らせ、わたしたちはマリア様の故郷へ急いだ。


 エヴァレット王より先にマリア様を見つけ、なんとかもっと遠くへ逃してあげないと……!

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