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嫌われ魔女と祈らない聖女  作者: よこすか なみ
第1章 魔女と聖女の出会い
3/7

2 初めて必要とされる魔女

 夜の中庭は月明かりに照らされて、とても幻想的だった。

 草木の匂いが心地いい。

 さすが王宮。一流の庭師が手入れをしているのだろう。昼とはまた違う一面を見せてくれる植物たちに、心が洗われるようだった。


 色々あって動転していた気持ちも落ち着いて、頭の中が冷静になると思い出されるのはマリア様の台詞。

「さっきのは何だったんだろう……」

 聖女を譲るだとか、なんとか。

 そもそも聖女って譲れるものなのかしら?


 譲りたいってことは、彼女は聖女を辞めたいのかもしれない。それも不思議だ。聖女はとても名誉な役職だと聞いている。地位も高く、王宮内での待遇もいい。


「でも、もし……本当に譲ってもらえたなら……」

 小さく、夢見事を口走る。


「お父様とお母様も、わたしへの評価を改めてくれるかも……」


 蘇る記憶は辛いものばかりだ。

『人の不幸の未来が見える? 何を言っているの? 気持ち悪い!』

『お前は魔女だ! 魔女は早く嫁いでいなくなってくれ!』

『お相手を見つけられなかったら、また折檻するわよ!』


 両親に吐かれた数々の暴言。定規で叩かれた腕の痛み。

 わたしは早くいなくならないと家のためにならない。


 それが、聖女になったら……?


 今までの待遇がガラッと変わって、お母様もお父様も見直してくれて。

『聖女ですって! なんて名誉なことなの!』

『でかした! 自慢の娘だ!』


 ……きっと、みんな喜んでくれるに違いない。


「わたし、聖女になろう!」

 手袋に包まれた拳を星空に突き上げる。

 誰もいないと思って一層大きく宣言した。


 なんだか、力が湧いてくる。

 そうと決まれば、早速、聖女様にお話を伺いに行かなくちゃ……!


「やめておけ」


 大広間へ向かおうと踵を返したわたしは、不意に勢いを止められてしまった。

 声の主を探せば、第二王子のルカ様が柱に寄りかかったまま、こちらを見つめている。


「る、ルカ様?」


 ルカ様はナヴァロ様の弟君でいらっしゃるけれど、腹違いの兄弟だ。


 ナヴァロ様は透き通るような金髪だが、ルカ様は深い海のような藍色の髪。

 国王様も王妃様も金髪だから、きっとルカ様のお母様が藍色の髪を持ってるのだろう。


 ただ、ルカ様のお母様が公の場に出たことはない。


「どうしてこちらに? まだ立食のお時間では……」

「ああいうのは好きじゃないんだ」


 ルカ様は軽く首を振ってから、こちらに近づいてきた。


「それより、お前は聖女に夢を見ているのか?」

「は、はい。聖女になれるなら……!」

 今さっき決意したばかりだが、この気持ちに偽りはない。


 しかし、わたしの希望とは裏腹にルカ様は呆れたようにため息をついた。

「悪いことは言わないから、馬鹿なことはやめておけ」


 やめておけ?

「ど、どうしてですの?」

 予想もしていない否定に焦ってしまう。

 地獄から抜け出せるチャンスかもしれないのに……!


「魔女と呼ばれる今より、よっぽどマシですわ」

「魔女?」

 ぴくり、とルカ様の眉毛が歪む。


 失敗した……!


 ナヴァロ様と違って、ルカ様はわたしの噂など知らなかったんだ。余計な自己紹介をしてしまった。


「なんで魔女と呼ばれてるんだ?」

「それは……」


 言いたくない。

 わざわざ自分の悪口を王子様に紹介したい人間なんて、いるわけがない。


 逃げるように一歩、後ずさるとルカ様が一歩近づいてくる。

 そのままわたしの背中は柱にぶつかってしまった。逃げ場がなくなる。

 ……言わないわけにもいかなさそうだ。

 わたしは観念して、口を開いた。


「……わたしが気持ち悪いからですわ」


「…………」

 ルカ様はわたしの頭からつま先まで視線を動かした。

「……見た目の話じゃなさそうだな」


 説明に納得がいかない様子だった。

「…………」

「詳しく教えてくれ」


 ルカ様に両肩を掴まれ、顔を覗き込まれる。

 エメラルドグリーンの瞳が、わたしを捕らえて離さない。

「この世界に魔法なんてない。聖女の力も魔法のような扱いをされているが、あれは嘘なんだ。魔法があるとするなら、俺はそれが知りたい」


 聖女の力が嘘……?

 どういうことだろう?


 自分の能力だけぼかして、聖女の力のお話だけ伺いたいところだけれど……。

 その真剣な表情と言葉に、逃れられない思いになる。誤魔化したとて通用しないような、そんな気持ち。


 ぎゅ、と手袋をしたままの手を握りしめる。

「わたしは……触れた人の未来の不幸が見えるんです」

「不幸が、見える……?」


 ナヴァロ様同様、眉をひそめるルカ様に、わたしはいたたまれない。

 やっぱり……。


 これまでそうやって話を聞こうとした人たちと一緒。

 どうせ、実際には信じられないのだ。

 そして魔女だなんだとわたしを気味悪がる。


「……信じてもらえませんよね、こんな話。そろそろ立食のお時間が終わる頃かもしれません、わたしはこれで……」

「いや、信じる」

 礼をしてその場を去ろうとしたが、手を掴まれた。


「俺に触って、未来を見てくれ」

「なんで……そこまで……」


 わたしのほうがまだルカ様に不信感を抱いていると、掴まれた手を強い力で引き寄せられる。

 耳元で囁かれた。


「俺は命を狙われている」

「……!」


 思わず体を引いて、ルカ様を見る。

 ルカ様が……暗殺……!?

 わたしが毒を盛られる予知をしたのはナヴァロ様なのに……!?


「わたしをからかっていらっしゃるのですか……?」

「…………」

 思わず口をついて出た言葉に、ルカ様は言い返さない。

 ただ、真剣な表情で黙っていた。

 嘘を言ってるようも、冗談を言っているようにも見えない。


 ごくり、と唾を飲み込む。

 兄弟揃って、命を狙われているとなれば非常事態だ。


「……失礼します」

 わたしは手袋を外して、ルカ様の手を握った。


 脳裏を駆ける景色──場所は王宮。

 そこにいるのはルカ様と、ルカ様と同じ色の髪を持つ女性。

 ルカ様が女性を庇うように立っているが、その腹部からは血が流れている。


 刺されている……!?

 ルカ様が庇っている女性は、ルカ様のお母様……? 


 でもこの方、どこかで……?


 そこでシーンは終わった。

 ……なんとも申し上げにくい。


「……どうだ」

「ルカ様と同じ色の髪を持った女性がいました……ルカ様は、その、お腹から血が出ていて……おそらく庇われたのかと」

「……っ!」

 最悪な未来に、ルカ様は言葉を失っていた。


 わたしは気になったことを続ける。

「……わたし、この女性どこかでお会いしたことがあるような気がするのです」

「彼女に会っただと!? どこで……!」

 ルカ様に促されて、記憶を探ろうとした時──


「きゃあああああああ!!!」


 絹を裂くような悲鳴が、大広間のほうから響き渡った。

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