2 初めて必要とされる魔女
夜の中庭は月明かりに照らされて、とても幻想的だった。
草木の匂いが心地いい。
さすが王宮。一流の庭師が手入れをしているのだろう。昼とはまた違う一面を見せてくれる植物たちに、心が洗われるようだった。
色々あって動転していた気持ちも落ち着いて、頭の中が冷静になると思い出されるのはマリア様の台詞。
「さっきのは何だったんだろう……」
聖女を譲るだとか、なんとか。
そもそも聖女って譲れるものなのかしら?
譲りたいってことは、彼女は聖女を辞めたいのかもしれない。それも不思議だ。聖女はとても名誉な役職だと聞いている。地位も高く、王宮内での待遇もいい。
「でも、もし……本当に譲ってもらえたなら……」
小さく、夢見事を口走る。
「お父様とお母様も、わたしへの評価を改めてくれるかも……」
蘇る記憶は辛いものばかりだ。
『人の不幸の未来が見える? 何を言っているの? 気持ち悪い!』
『お前は魔女だ! 魔女は早く嫁いでいなくなってくれ!』
『お相手を見つけられなかったら、また折檻するわよ!』
両親に吐かれた数々の暴言。定規で叩かれた腕の痛み。
わたしは早くいなくならないと家のためにならない。
それが、聖女になったら……?
今までの待遇がガラッと変わって、お母様もお父様も見直してくれて。
『聖女ですって! なんて名誉なことなの!』
『でかした! 自慢の娘だ!』
……きっと、みんな喜んでくれるに違いない。
「わたし、聖女になろう!」
手袋に包まれた拳を星空に突き上げる。
誰もいないと思って一層大きく宣言した。
なんだか、力が湧いてくる。
そうと決まれば、早速、聖女様にお話を伺いに行かなくちゃ……!
「やめておけ」
大広間へ向かおうと踵を返したわたしは、不意に勢いを止められてしまった。
声の主を探せば、第二王子のルカ様が柱に寄りかかったまま、こちらを見つめている。
「る、ルカ様?」
ルカ様はナヴァロ様の弟君でいらっしゃるけれど、腹違いの兄弟だ。
ナヴァロ様は透き通るような金髪だが、ルカ様は深い海のような藍色の髪。
国王様も王妃様も金髪だから、きっとルカ様のお母様が藍色の髪を持ってるのだろう。
ただ、ルカ様のお母様が公の場に出たことはない。
「どうしてこちらに? まだ立食のお時間では……」
「ああいうのは好きじゃないんだ」
ルカ様は軽く首を振ってから、こちらに近づいてきた。
「それより、お前は聖女に夢を見ているのか?」
「は、はい。聖女になれるなら……!」
今さっき決意したばかりだが、この気持ちに偽りはない。
しかし、わたしの希望とは裏腹にルカ様は呆れたようにため息をついた。
「悪いことは言わないから、馬鹿なことはやめておけ」
やめておけ?
「ど、どうしてですの?」
予想もしていない否定に焦ってしまう。
地獄から抜け出せるチャンスかもしれないのに……!
「魔女と呼ばれる今より、よっぽどマシですわ」
「魔女?」
ぴくり、とルカ様の眉毛が歪む。
失敗した……!
ナヴァロ様と違って、ルカ様はわたしの噂など知らなかったんだ。余計な自己紹介をしてしまった。
「なんで魔女と呼ばれてるんだ?」
「それは……」
言いたくない。
わざわざ自分の悪口を王子様に紹介したい人間なんて、いるわけがない。
逃げるように一歩、後ずさるとルカ様が一歩近づいてくる。
そのままわたしの背中は柱にぶつかってしまった。逃げ場がなくなる。
……言わないわけにもいかなさそうだ。
わたしは観念して、口を開いた。
「……わたしが気持ち悪いからですわ」
「…………」
ルカ様はわたしの頭からつま先まで視線を動かした。
「……見た目の話じゃなさそうだな」
説明に納得がいかない様子だった。
「…………」
「詳しく教えてくれ」
ルカ様に両肩を掴まれ、顔を覗き込まれる。
エメラルドグリーンの瞳が、わたしを捕らえて離さない。
「この世界に魔法なんてない。聖女の力も魔法のような扱いをされているが、あれは嘘なんだ。魔法があるとするなら、俺はそれが知りたい」
聖女の力が嘘……?
どういうことだろう?
自分の能力だけぼかして、聖女の力のお話だけ伺いたいところだけれど……。
その真剣な表情と言葉に、逃れられない思いになる。誤魔化したとて通用しないような、そんな気持ち。
ぎゅ、と手袋をしたままの手を握りしめる。
「わたしは……触れた人の未来の不幸が見えるんです」
「不幸が、見える……?」
ナヴァロ様同様、眉をひそめるルカ様に、わたしはいたたまれない。
やっぱり……。
これまでそうやって話を聞こうとした人たちと一緒。
どうせ、実際には信じられないのだ。
そして魔女だなんだとわたしを気味悪がる。
「……信じてもらえませんよね、こんな話。そろそろ立食のお時間が終わる頃かもしれません、わたしはこれで……」
「いや、信じる」
礼をしてその場を去ろうとしたが、手を掴まれた。
「俺に触って、未来を見てくれ」
「なんで……そこまで……」
わたしのほうがまだルカ様に不信感を抱いていると、掴まれた手を強い力で引き寄せられる。
耳元で囁かれた。
「俺は命を狙われている」
「……!」
思わず体を引いて、ルカ様を見る。
ルカ様が……暗殺……!?
わたしが毒を盛られる予知をしたのはナヴァロ様なのに……!?
「わたしをからかっていらっしゃるのですか……?」
「…………」
思わず口をついて出た言葉に、ルカ様は言い返さない。
ただ、真剣な表情で黙っていた。
嘘を言ってるようも、冗談を言っているようにも見えない。
ごくり、と唾を飲み込む。
兄弟揃って、命を狙われているとなれば非常事態だ。
「……失礼します」
わたしは手袋を外して、ルカ様の手を握った。
脳裏を駆ける景色──場所は王宮。
そこにいるのはルカ様と、ルカ様と同じ色の髪を持つ女性。
ルカ様が女性を庇うように立っているが、その腹部からは血が流れている。
刺されている……!?
ルカ様が庇っている女性は、ルカ様のお母様……?
でもこの方、どこかで……?
そこでシーンは終わった。
……なんとも申し上げにくい。
「……どうだ」
「ルカ様と同じ色の髪を持った女性がいました……ルカ様は、その、お腹から血が出ていて……おそらく庇われたのかと」
「……っ!」
最悪な未来に、ルカ様は言葉を失っていた。
わたしは気になったことを続ける。
「……わたし、この女性どこかでお会いしたことがあるような気がするのです」
「彼女に会っただと!? どこで……!」
ルカ様に促されて、記憶を探ろうとした時──
「きゃあああああああ!!!」
絹を裂くような悲鳴が、大広間のほうから響き渡った。
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