3 ナヴァロの過去
わたしたちはルカ様の執務室に集まった。
わたしとルカ様が隣り合わせに、ローテーブルを挟んで対面にナヴァロ様が座っている。エヴァレット王とシャーリーン王妃の口論について、わたしは聞いたままを二人に話した。
視線を下に落とし、口を真一文字に結ぶルカ様。頭を抱え、あからさまに困り果てたナヴァロ様。正反対な反応をする兄弟だ。
「じゃあ何か? お父様は新しい愛人としてマリアを無理矢理王宮に迎え、逃げられたからブチギレてるってわけか?」
ナヴァロ様が美しい金髪をかきむしりながら言う。言葉が乱暴だけれど、それだけ彼が怒り心頭なのがうかがえる。
「そうなります」
「まったく、懲りないなぁ、あの人は……っ」
「…………」
天井を仰ぐナヴァロ様に対し、ルカ様も無言で同意を示していた。無理もない。父親が息子たちと同じ年齢の女性を愛人として迎え入れていたなんて、受け止めきれなくて当然だろう。わたしだって、吐き気を催したくらいだ。
「…………」
ナヴァロ様はしばらく腕を組んで考え込んでいたが、
「……まずは、お母様を助けてくれたこと、礼を言う。助かった」
と、頭を下げた。
「あの兄様が、自わから謝るなんて……」
ルカ様がつぶやく。舞踏会でのナヴァロ様からの謝罪は、マリア様に促されてのものだった。けれど、今回はナヴァロ様の意思で、わたしに頭を下げている。
……それだけ、シャーリーン様を大事に思っているのかもしれない。
「ナヴァロ様、わたしは当然のことをしたまでです。顔をお上げください」
「……ありがとう」
ゆっくりとナヴァロ様が顔を上げる。疲れ果てた表情をしていた。
「俺は、母様がどうなろうと自業自得だと思っているけどな」
「ルカ様!」
フン、と鼻を鳴らすルカ様に、わたしは注意した。ナヴァロ様が真摯な態度を示しているのに、その言い方はあまりにも無遠慮すぎはしないだろうか。
「……ルカはそうだろうな」
存外、ナヴァロ様は反論も怒りもなかった。ただ、諦めたように薄く笑っていた。
「……僕は、お母様に逆らえないんだ」
ナヴァロ様がポツリ、ポツリと話し始める。
「それは、俺だって……」
ルカ様が口を挟もうとしたのを、ナヴァロ様は右手をあげて制した。
「幼い頃、僕は──お母様に殺されかけた」
「えっ……!?」
わたしは思わず口元を両手で覆う。
実の息子を、殺す……!?
「ど、どうして……!?」
「五歳くらいの時だったかな」
わたしが問うと、ナヴァロ様はゆっくりと語り始めた──
***
「あんたは楽しそうでいいわねぇ!?」
シャーリーンの執務室で、ナヴァロは怒鳴られた。来客用のローテーブルに置いてあるケーキが美味しそうだったのをやけに覚えている。執務の合間に食べようと、使用人に持って来させたのだろう。
ナヴァロが五歳の頃、シャーリーンはイライラすることがあるとナヴァロに当たるようになった。怒鳴られるのは当たり前。たまに叩かれる。
「ごめんなさい……」
シャーリーンがこうなったら、ナヴァロはもうただ謝るしか選択肢がない。嵐が過ぎ去るのをじっと待つのだ。
今回は、ナヴァロが使用人たちと庭で作った花冠をシャーリーンに渡したのが発端だった。ちょうど、シャーリーンの機嫌が悪い時にプレゼントをしてしまったようで、ナヴァロは「ミスったな」と下を向いた。
花冠はシャーリーンによって床に叩きつけられ、花びらが散ってしまった。自身で摘んだ野草であったが、ナヴァロは無惨になった花に罪悪感を覚えた。
僕に摘まれなかったら、こんなふうにはならなかったのにな。
シャーリーンの機嫌はよく観察していたが、喜んでもらえるという気持ちが先走って、タイミングを見誤った。自分の失敗だ。
シャーリーンはソファに座ったまま大声を張り上げた。
「わたくしがあの人のことで苦しんでいる間も、あんたは呑気に花摘んで遊んでたんだねぇ!」
「ごめんなさい……」
あの人とは、ナヴァロの父、エヴァレット王のことだ。夫婦関係は、五歳のナヴァロにはよくわからないが、そんなナヴァロから見ても、彼らが愛し合っているようには思えなかった。
「わたくしの苦しみなんて取るに足らないことだとでも思っているのか!?」
「そんなことはないです」
「口ごたえするなぁ!!」
突然、シャーリーンはケーキと共に添えられていたナイフを手に取り、ナヴァロに投げつけた。
カンッ。
反応できないくらい、一瞬の出来事だった。
え……? 投げられた……? ナイフを……?
ナイフはナヴァロの頬の真横を通り、壁にぶつかり床に落ちた。当たらなかった。かすりもしていない。怪我もない。しかし、ナヴァロはその場にへたり込んだ。
「…………」
心臓がバクバクとうるさく鳴る。嫌な汗が大量に流れた。涙はなぜか出てこない。視界はなんだかぼやけている。シャーリーンが何か捲し立てているが、心臓の音が邪魔してよく聞き取れない。
雰囲気で怒られているということだけはわかったので、震える足に鞭打って、なんとか立ち上がり、礼をして退室した。
「…………」
ドアを閉めた後も、部屋の中からシャーリーンが何か怒鳴っているのが聞こえる。何を言っているのかはわからない。自分の両手を見ると、ガクガク震えていた。
「は、はは……」
なぜか笑いが込み上げてくる。
ナヴァロは幼いながらに悟った──自分はいつかこの人に殺される、と。
読んでくださり、ありがとうございます!
ぜひ☆やリアクションをポチッとよろしくお願いします!
感想やレビュー、励みになります!




