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2 シャーリーンの過呼吸

「か、かはっ、ひゅ」


 喉を両手で押さえて、苦しそうにしゃがみ込んでしまったのだ。


 ──これは、予知で見た光景と同じ……!


「シャーリーン様!!」


 うずくまっていたわたしは、体を上げて彼女の元に駆け寄った。


「はっ、はっ、はっ」


 呼吸が浅い!


 マリア様の言う通り、過呼吸の症状だ……!


「お母様!? お母様、大丈夫ですか!?」


 ずっと棒立ちだったナヴァロ様もシャーリーン王妃に駆け寄る。わたしはしゃがみ込んでしまったシャーリーン様を仰向けに座らせ直す。背中に手を回して、楽な姿勢にさせた。


「おい! お母様は大丈夫なのか!?」


 ナヴァロ様が乱暴にわたしの肩を掴む。


「おそらく、過呼吸です」

「か、こ……?」


 ナヴァロ様は眉をひそめるが、詳しく説明している暇はないので、手短に説明するしかない。


「呼吸を整えれば、元に戻るはずです」

「そうなのか……」


 治る方法を聞いて安心したのか、ナヴァロ様はわたしの肩を掴んでいた手を離した。わたしはなるべく穏やかな口調を心がけて、声をかける。


「シャーリーン様、わたしの呼吸に合わせてください」


 しかし、シャーリーン様はわたしの手から離れようと身をよじった。


「さ、さわ、はっ、るな……っ、はっ、はっ」


 ──触るな。


 わたしはシャーリーン様にお茶会で紅茶を浴びせられている。そんなことをされた相手が自分を助けようとするなんて、信用できないということか。


 マリア様にもルカ様にも言われた。そんな人、助けなくていい、と。


 でもわたしは、彼女を放って置けない。魔女と呼ばれた予知能力は、人を救うために使うと決めたから。


 信用されていないなら、別の人にやらせればいい……!


「ナヴァロ様、わたしに代わってシャーリーン様に呼吸をさせてください!」

「え、僕が? でも、呼吸の仕方なんて……」


 ナヴァロ様は人差し指で自身を指差し、難しそうな顔をした。


「大丈夫です! わたしが指示しますので!」

「お前の指示なんて……」

「緊急事態なんです! ナヴァロ様、お願いします」


 わたしはシャーリーン様を抱き抱えたまま、ナヴァロ様に向かって頭を下げた。あれだけ魔女だと蔑んでいたわたしの指示を仰ぐなんて、ナヴァロ様にとっては屈辱かもしれない。


 そうだとしても、今はナヴァロ様のお母様の危機なんだ。


 お願い、力を貸して……!


「……っ、なんで、そこまで……」


 ナヴァロ様は息をのみ、数秒間わたしを見つめて黙っていたが、


「……わかった」


 と答え、シャーリーン様の背中を支えた。


「お母様、聞こえますか、ナヴァロです」

「はっはっ、な、ナヴァ、ロ……」


 シャーリーン様はナヴァロ様の顔を確認すると、彼の胸に頬を擦り寄せた。実の息子が代わって少しだけ安堵したようだ。


 以前マリア様が「落ち着かせるのが大事」と言っていたのを思い出し、心の中でよし、とつぶやいた。わたしはナヴァロ様の背後に周り、シャーリーン様から姿が見えない位置にしゃがみこむ。


「わたしの合図に合わせて呼吸することを意識してください」


 ナヴァロ様に耳打ちすると、彼は素直にうなずいた。


「息を吸って、吐いて〜〜」


 十秒かけて、息を吐くほうの割合を多めに。マリア様から教わったことを思い出しながら、わたしはナヴァロ様に「吸って、吐いて」を繰り返す。


「お母様、息を吸って、吐いてください。もっと、もっと吐いてください」


 わたしの声かけに合わせて、ナヴァロ様がシャーリーン様に呼吸をさせる。最初はうまくできなかったシャーリーン様だったが、徐々に息が落ち着いてきた。


「ふっ、ふぅーー」

 脂汗をかいて、目尻に涙を浮かべたシャーリーン様も、長く息を吐くにつれて、顔色が戻っていく。


「ふん、なんだ、大袈裟な」

 その様子をただ立って見ていたエヴァレット王は吐き捨てて、どこかへと去ってしまった。


「お父様!」

 ナヴァロ様が呼び止めるも、ピクリとも反応せず足早に大広間から消えた。国の王であり、一家の父親でもある彼の背中を見て、わたしは呆然とする。


 なんて薄情な……。


「エリザベス! 聖療院の者を連れてきたぞ!」


 エヴァレット王とすれ違いに、息を切らしたルカ様が大広間に入ってきた。後ろには、聖療院に勤めているであろう、白衣を着た二人組がいた。


「これは、どういう……?」


 吐きそうになっていたわたしはけろりとし、ナヴァロ様はシャーリーン様を抱き抱えている。わたしたちを交互に見て、ルカ様は理解に苦しんでいるようだった。詳しい状況を伝えたいのもやまやまだが、まずはシャーリーン王妃の処置が先だ。


「ちょうどよかったです。聖療院の方々、シャーリーン様が過呼吸を起こしました。寝室にお連れして、様子を見て差し上げてください」

「はい!」


 聖療院の二人は慣れた手つきでシャーリーン王妃の肩を両側から担ぎ、彼女の寝室へ向かって行った。

 運び出される母親を見送った二人の王子に、わたしは向き直る。


「ルカ様、ナヴァロ様、ご説明いたしますわ」

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