表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
24/45

1 聖女の本当の立場

「脱走!?」


 外出ではなく、脱走。


 正当な手続きを踏まずに王宮外に出たんだ……!


 それは、罰せられる覚悟、またはもう戻ってこないという覚悟があるということ。


 マリア様は王宮お抱えで、外との手紙のやり取りすら許されていない。彼女にとって、王宮は煌びやかな監獄に過ぎなかっただろう。


「じゃあ、デートに誘ってこいと言っていたのは……」


 わたしはマリア様の思惑に気づいてしまった。


 わたしとルカ様を遠くへやり、脱走しやすくするため……!


 ……騙された。


 マリア様はわたしの恋を応援するつもりなんかなかったんだ。


 元はと言えば、婚約者に会いたいから聖女の役目を降りたがっていた人だ。ずっと逃げ出す機会を伺っていたんだろう。


 ……わたしは見捨てられたんだ。


 聖女の弟子入りを始めたばかりだというのに、マリア様はもういなくなってもわたしに聖女が務まると思ったのだろうか。


 行き先はおそらく、マリア様の生まれ故郷。婚約者に会いに行ったのだ、きっと。


 ……なんだ。


 信じたって、結局またひとりぼっちじゃない。わたしのことなんて、誰も、誰も見ていない。だって、所詮“魔女”なんだから──


「大丈夫か、エリザベス」


 ルカ様に肩を抱かれて、ハッとする。

 酷い顔をしていたのだろう。わたしを覗き込んだルカ様の眉間に皺が寄った。


「……ルカ様」

「取り乱すのも無理はない。とにかく、父に話を聞きに行こう」

「そう、ですわね……」


 ルカ様が冷静で助かった。


 声をかけてもらえなかったら、あのまま、自己否定の深淵に飲み込まれてしまっていた。

 ひとりじゃないって、ルカ様に言っておいて、自分はひとりだと悲しみにふけるなんて……。


 足元から顔を上げて、歩き出す。


 エヴァレット王の執務室に向かう途中、大広間から怒鳴り声の応酬が耳に飛び込んできた。

 わたしとルカ様は顔を見合わせてから大広間のドアを開ける。


「マリアを一刻も早く連れ戻せ!! 絶対に罰を与える!!」

 エヴァレット王が顔を真っ赤にして叫び散らかしていた。


 王の前には二十人ほどの騎士団が跪いている。腰に剣を下げ、真紅のマントを羽織った彼らは王宮騎士団の中でも最上位の存在だったはず。


 確か、ヨールド団……。


 マリア様を連れ戻すのにそこまで……!?


「マリアに行くあてなどない! まずは近場から探せ!」

「はっ!」


 エヴァレット王の命に騎士団たちは大きく応え、大広間から列なして出ていく。わたしたちは彼らのために道を開けた。


「くそっ! あの小娘、俺から逃れようとするなど、身の程を教えてやる……!」


 ギリ、とエヴァレット王は親指の爪を噛んだ。


 ここまで近くできちんと対面するのは初めてかもしれない。いつもは遠くから舞台に立っているのを見ているだけだったから。


 そのとき感じていたより、エヴァレット王はずっと小柄な中年男性だった。ウェーブがかった金色の長髪。ただ威圧感だけで大きい印象があったのだなと思った。


 ナヴァロ様に似た白い肌が怒りで真っ赤に染まり、透明感のある金髪がその赤さをさらに際立たせている。


 このかたが、国王……?


 マリア様を意地でも取り戻そうと躍起になっている中年男性が、この国の一番偉い人だなんて、到底信じたくなかった。


「父さ……」

「エヴァレット王! ヨールド団まで駆り出すとはどういうおつもりですか!?」


 ルカ様の声がかき消される。大広間の扉がドカンと開け放たれた。勢いよく入ってきたのは、シャーリーン王妃だった。彼女もまた険しい顔をしている。


 しかし、エヴァレット王は彼女の姿を認めるや否や、落ち着きを取り戻し、すんっと鼻で笑った。


「なんだ、シャーリーン。異議があるのか? 聖女が逃げ出したんだ、それくらいして当たり前だろう」

「あんな小娘一人、いなくなったって何も問題はありません!」

「問題大有りだ! 王族が病気や怪我をしたら誰が治すんだ!」

「優秀な医者は他にもおります!」

「聖女はおらんだろう!」


 聖女イコール医者。


 王族たちの間でこの事実は共有されていたからこそ、マリア様の扱いは粗末なものだったんだ。

 わたしたち貴族の中では、不思議な治癒能力を持つ者としか聞かされていないのに。


「……チッ! あなたはマリアに固執しているだけでしょう!」

「何が悪い? 俺が見初めた女をそばに置いているだけだ!」


 見初めた女という言葉を聞いて、わたしはマリア様が最初に言っていたことを思い出す。


 ──「自然豊かな田舎で医者をしていたら、突然王宮に連れて行かれて、聖女にされたの。なんでも治す、聖女のような医者がいるってね」


 あれは、エヴァレット王に一目惚れされたって意味だったんだ!


「うっ……!」

 わたしは口を押さえてかがみ込んでしまう。


 気持ち悪い……!


「おい、エリザベス? 具合が悪いのか?」


 ルカ様も身を屈めて、わたしの背中を優しくさすってくれる。


 わかっている。王様が愛人をとるのは、暗黙の了承だ。でも、わたしはマリア様を知っている。婚約者に恋をしている、年相応の可愛らしい彼女を。


 そんなマリア様が、自分の親と変わらない年齢の男性に……。


 そうだ……しかもマリア様は「毎晩、健康状態を確認している」とも言っていた──もしそれが……エヴァレット王の下心だとしたら……。


「う、うぉえ、おえぇっ!」


 吐き気を催した。喉が痛い。口からは何も出てこないけれど、しばらくわたしはえずいていた。


「待ってろ、エリザベス。聖療院から誰か呼んでくる!」


 ルカ様はそう判断すると、すぐに駆け出した。遠くなっていくルカ様の足音を聞きながら、エヴァレット王とシャーリーン王妃を見る。二人はわたしが吐きそうになっていることにも気づかず、言い争いを続けていた。


「そうやって、また好みの女を見つけたら聖女にするんですか!?」

「宗教的に愛人制度は許されていないんだ。役職を与えたなら、外聞がいいだろう?」


 エヴァレット王は悪びれる様子もない。たまたま、ミスティ様もマリア様も医療知識があったから聖女という役職がうまく収まっただけで、エヴァレット王にとって、聖女なんて、ただの愛人の役職に過ぎなかったんだ。


 わたしたち貴族が神聖で名誉ある立場だと思い込まされていたものは、全部、エヴァレット王の愛人枠……!


「お母様! お父様! マリアが脱走したと聞きましたが……!」


 騒ぎを聞きつけて大広間に入ってきたのはナヴァロ様だった。エヴァレット王とシャーリーン王妃はチラリとナヴァロ様に視線をやるだけで、対応するつもりはなさそうだった。


「また若い女の尻ばかり追いかけて……! ミスティの時もそうだった! 次はマリア!? いい加減にしてください!」


 キンキンとした金切り声をあげるシャーリーン王妃に、エヴァレット王はやれやれといったふうに肩をすくめた。


「お前と離縁できないだけありがたいと思ってくれよ、シャーリーン。本当は、俺だってミスティを王妃にしたかったんだ」


 シャーリーン王妃の頭に血が昇ったのが、はたから見ていてもわかった。


「ふ、ざ、けるなああああ!!!」


 シャーリーン王妃が、エヴァレット王につかみかかろうとするが──動きが止まった。

読んでくださり、ありがとうございます!

ぜひ☆やリアクションをポチッとよろしくお願いします!

感想やレビュー、励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ