4 派閥
「貴族たちは今、派閥がわかれているんだ。ナヴァロ派とルカ派に」
「後継者争いですわよね。でも、その、ルカ様は……」
言いにくそうにするわたしの次の言葉を、ルカ様が引き取った。
「そう、俺は妾の子だから、王位継承できる可能性は低い。それでも、俺を王の座に推したい……というより、兄様に王位継承させたくない派閥がいるんだ」
「なぜですか?」
ルカ様は一瞬間を置いてから、言った。
「……戦争だ」
戦争!?
わたしは思わず立ち上がった。
「そんな、そんなことが起こったら、国はめちゃくちゃになります!」
「わかっている、落ち着け」
立ち上がった拍子に、足をローテーブルにぶつけてしまった。ティーカップがガチャンと音を立てて揺れ、紅茶が少しこぼれた。
「いっ」
小瓶で切った足の傷はよくなっているものの、衝撃が加われば痛い。
「大丈夫か?」
ルカ様に座るよう片手で制止され、わたしはゆっくりと座り直す。足をさすったら痛みが和らいだ気がした。
「俺の父……エヴァレット王は隣国に戦争を仕掛け、領地を拡大しようとしている。だから貴族たちが戦争推進派と戦争反対派にわかれた。兄様は推進派で、俺が反対派だ」
淡々と説明するルカ様の声を聞いていると、興奮がだんだん冷めてきた。
戦争の衝撃が和らぎ、頭が徐々に回転し始める。
「……戦争反対派の貴族たちは推進派のナヴァロ様を暗殺して、ルカ様を王に据えようとしているのですね」
「そういうことだ」
ナヴァロ様を暗殺しても国王様がいる限り、戦争に押し切られてしまいそうなものだが……後継者を潰しておくのが先決なのだろうか?
国王様の行動を制約させる術が反対派にはあるのかもしれない。
「そして逆に、推進派は邪魔な反対派の筆頭である俺を始末したい」
それはわかる。王家の反対派はルカ様しかいない。
あと王家で残っている者は王妃様だけだ。
「おそらく、兄様派閥のナンバースリーは母様だ。母様にとっては妾の子である俺より、実の息子である兄様を王にしたいだろうからな」
……と、いうことは。
「ルカ様は、シャーリーン様に殺されそうになっているんですか!?」
落ち着け、と忠告されたことも忘れて、わたしは驚いてしまった。
実の親、ミスティ様は断罪され王宮追放。代わって育ててくれるはずの母、シャーリーン様から殺意を向けられて。
そんなの、孤独どころの話ではない。
生き残るだけで精一杯な状況下で、たくさん努力をしたんだろう。意識して見たら、ルカ様はガッチリとした体格をしている。服越しでもわかるくらいだ。向けられた殺意を跳ね返せるように、強くなった証が見えた。
「……父と母が嫌いだと言っただろう」
困ったようにほんのり笑うルカ様を、どうしようもなく、抱きしめたい衝動に駆られる。
想像しかできないけれど、彼の幼少期がどれほど過酷なものだったのか。わたしが力になれるなら、なんでもしてあげたい。
「……昔から、俺は家族内で身分が低かった。幼少期の兄様は、俺を使用人と同じ扱いをした。俺は逆らえなかった。……だから、俺は王宮の誰のことも家族だなんて思えない。俺の家族は、どこかに追放された母だけだ」
ルカ様が拳を強く握る。
幼い頃はきっとまだ戦争の話が出る前だから、差別は受けど、シャーリーン王妃に命を狙われるまではいかなかった。その状況が、まだマシと言っていいのかはわからない。
……辛い過去を思い出させてしまった。
「……でも、今はわたしがいます」
そう声をかけると、ルカ様の拳から力が抜けていった。
「……そうだな」
ルカ様は一度紅茶を口にしてから、気を取り直すように再び話し始める。
「お前にこの話をしたのは、それでも母様を救うのかと問いたいからだ」
「…………」
ルカ様の命を狙うシャーリーン様を救うことは、すなわち、ルカ様が死ぬ確率が上がるということだ。刺されていたルカ様の予知──あれは、シャーリーン様の陰謀なのかもしれない。
わたしがやろうとしていることは、彼の味方として正しい行動なのか?
ルカ様を救いたい気持ちに偽りはない。だからと言って、シャーリーン様を見殺しにできるわけもない。聖女を志す者として、自分の損得や感情で誰かを切り捨てられない。
わたしの能力は、すべての人を救うために使いたいのだ。
「わたしは全員助けます。シャーリーン様も、ルカ様も」
「……まぁ、そう言うと思っていた」
予想通りの回答だったらしい。ルカ様は半ば諦めたような呆れたような、言うことを聞かない子供を許すように笑った。
ナヴァロ様暗殺未遂事件とルカ様暗殺の予知──その二つの因果が判明したところで、わたしたちは王宮へと帰った。
それにしても、何か引っ掛かる。
戦争反対派の貴族たちがナヴァロ様の命を狙っているとわかっているのに、なぜ舞踏会でコックに指示を出してナッツを混入させた真犯人がまだ捕まっていないのだろう?
容疑者は絞られているはずなのに、なぜ?
「聞いてもいいか?」
声をかけられて思考が途切れる。帰路、馬車の中で向かい合わせに座っていたルカ様がわたしをじっと見ていた。
「はい、なんでしょう?」
「どうして、デートに誘おうと思ったんだ?」
ルカ様には「話したいことがあったからちょうどいい」と言われたんだっけ。
「マリア様に助言されまして。そろそろちゃんと夫婦らしい振る舞いをしないと、周りから契約結婚を疑われてしまう、と」
「マリアに……?」
ルカ様の眉がぴくりと動く。
「はい。ルカ様のご配慮で契約結婚は内密にしているのに、周囲に噂されてしまっては申し訳が立たないので」
「そうだったのか。キスも気にしてないって言っていたものな、お前は」
ルカ様は窓枠に肘をついて外の景色を眺め始めた。体の向きがあからさまに変わってしまい、拒絶の姿勢を感じる。
怒っていなさそうだけど、少し不機嫌になってしまわれた……?
なんとも言えない空気のまま、馬車は王宮の出入り口となる門に到着すると、二人の門番たちはソワソワとした様子で門を開けてくれた。
様子がおかしい……?
「何かあったんですの……?」
王宮の敷地内に足を踏み入れる。全員が騒がしい。使用人は慌てふためいて走り回り、騎士たちは持ち場を離れている。
「おい、何の騒ぎだ!」
馬車から降りて、ルカ様が近くにいた騎士を呼び止めた。
「それが……!」
騎士は混乱した様子のまま、状況を告げた。
「聖女マリア様が……脱走しました!」
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