1 魔女と呼ばれた伯爵令嬢
この世界に魔女なんていない。
魔法を使える人間なんて、所詮空想上の存在──だというのに、わたし、エリザベスは魔女と呼ばれている。
理由は……気持ち悪いから。
「ここに、舞踏会の開催を宣言する」
国王様の開会宣言が終わり、会場から拍手が巻き起こった。
王宮の大広間にて開催された、国王様主催の舞踏会──その実態は王子様のパートナー探しの場。
王子様だけではなく、公爵家や伯爵家のご子息ご令嬢も同様だ。
伯爵令嬢であるわたしも、例に漏れずに参加したものの──
「魔女と呼ばれるわたしと踊ってくれる方なんて、いませんよね……」
手袋をキュ、とはめ直す。
自然と大きなため息が出てしまう。
両親からは「絶対に良家の嫁ぎ先を見つけてこい」と強く言われている。
わたしが住むこの国、ルーナシア王国では、男女ともに十八歳から婚姻が結べる。わたしが十八歳の誕生日を迎えてから、花婿探しの地獄は始まった。
両親からのプレッシャーに応えたいと思う反面、魔女と呼ばれ、嫌われているわたしから声をかけるなんて……。
「迷惑、ですわよね」
自分で言って、自分で傷つく。
大広間の中央では、音楽に合わせて、マッチングが成立したご子息ご令嬢たちが踊っている。
窓辺では、自らアプローチするご令嬢の姿が目に入り、そんな積極的な彼女たちにますます引け目を感じる始末。
劣等感から下を向いたままのわたし顔前に、綺麗な手が差し伸べられた。
「僕と、踊っていただけますか?」
男性にしては高めな声が、頭上に降り注いだ。
「えっ……ナヴァロ様……!?」
顔を上げると、第一王子のナヴァロ様が微笑んでいた。
シャンデリアの光を受けて輝いている、緩やかなウェーブが特徴的な金髪。
快晴の空のようなアクアブルーの瞳。
格好いいというより、可愛らしいという形容詞が似合うお方だが、身長は決して低くない。女性の平均身長であるわたしの頭一個分上だ。
数多の令嬢達が嫉妬するほどの透明感を持ったナヴァロ様は、柔らかな微笑みを浮かべたまま、わたしの返事を待っていた。
「早く手を取ってくれないか? 僕はここにいる女性たち全員と踊らなきゃいけないんだ。君みたいに暇じゃないんだよ」
にこやかな顔面とは裏腹に、ドスの効いた声でナヴァロ様は言った。
そうだった。舞踏会の中で、ダンスは二回行われる。一回目のダンスは、王子様が令嬢全員と踊るのだ。
それが、どんなに悪い噂の令嬢だろうと。
「喜んで」
わたしは慌ててドレスのスカートを持ち上げ、礼をする。
ナヴァロ様の手を取ろうとした時──
「君は……魔女のエリザベスだよね」
ナヴァロ様の言葉に、身体が固まる。
まさか、王子様の耳にまでわたしの悪評が届いているだなんて。
「潔癖だから手袋を嵌めていると聞いたけれど、それは僕が汚いという意味?」
ずっと可愛らしかったお顔が不愉快そうに歪む。
……顔に出させるほど、機嫌を損ねてしまった。
「いいえ。とんでもありませんわ」
わたしは表情を崩さないように意識しながら、手袋を外した。
……手袋を嵌めているのは、潔癖だからではないのだけれど。
そういうことにしておいた方が、何かと都合がいいからだ。
本当の理由を誰にも言ったことがない。
どうせ信じてもらえない。
ナヴァロ様はわたしが手袋を外したのを見て、満足したかのように優しい笑みに戻った。
「それじゃあ、行こうか」
ナヴァロ様の手を取った瞬間──
「……!」
わたしの脳裏に、見たことのない光景が浮かび上がった。
王宮内の大広間、つまり今、わたし達が踊っているここで、首を抑えて苦しんでいるナヴァロ様。
その白肌に赤い斑点模様が浮かび上がっている。
何……!? ナヴァロ様の症状は……!?
まさか、毒……!?
ナヴァロ様に毒が盛られている!?
そこでシーンは途切れた。
「な、ナヴァロ様……大変申し上げにくいのですが……」
踊りながら、わたしは口を開く。
本当は言わないほうがいい。また気持ち悪がられるだけなんだから。
でも、もしナヴァロ様の命が危ないのだとしたら──
「? なんだい、言ってごらん」
わたしは意を決して、目を合わせる。
「この舞踏会中、身の危険に気をつけた方がよろしいかと。特にお食事に……」
「…………」
ナヴァロ様はわたしの言葉を聞いて、しばらく無言だったが、
「……それが魔女の魔法?」
と皮肉っぽく言った。
というか、皮肉だった。
「……申し訳ありません」
余計な申し出をしてしまった。
後悔しても、もう遅い。
「お母様には花嫁候補の令嬢を探してこいと言われていたけれど、君は“ナシ”だね」
ナヴァロ様とのダンスが強制的に終わった。
別の令嬢の手を取りに向かうナヴァロ様の後ろ姿を見送ってから、わたしは壁際に移動する。
……またやってしまった。
どうしてわたしは、こうも余計なお世話が抑えられないのだろう。
良かれと思った行動は、全部わたしに悪いように返ってくる。
もうすぐ立食の時間なのか、コックたちが食事の準備を始めていた。
……こういう気分の時は、甘いものを食べるのに限る。
手袋を嵌め直しながら、わたしはどんどん並べられていく料理に近寄って行った。
「ねぇ、あれが魔女?」
「また変なこと言ったのかしら? ダンスを途中で終わらされてしまうなんて」
「惨めね、フフ」
近くにいた令嬢達がわたしを見て、嘲笑っているのが聞こえた。
わざと聞こえるように言ったのだろう。
「…………」
惨め、か。
何も言い返せない。
……その通りなのだから。
わたしはクッキーを一枚取って頬張る。
「美味しい……」
ほんのりナッツの風味がした。お菓子だけがわたしを慰めてくれる。
大丈夫、慣れている、これくらい。
陰口を叩かれることも、人前で涙を我慢することも。
「あら、あちらのかたは聖女様ではないかしら?」
「さすが、美しいわね」
周りが一斉にざわつき始めた。
ざわめきに目をやると、どの令嬢よりも煌びやかなドレスを身に纏った女性が入室するところだった。
あの方が……聖女様。
……なんて美しいのだろう。
傾国の美女とは、こういう方を指す言葉だと思い知らされる。
聖女とは数年前にできた王宮内の役職。特殊な治癒能力を持っているとされ、主に医務に携わっているのだとか。
特殊な治癒能力が“アリ”なら、わたしだってこんなに忌み嫌われる必要もないだろうに。
「……わたしも、魔女なんかじゃなくて、聖女がよかったなぁ」
まぁ、人の不幸が予見できるなんて、聖女らしくはないか。
やっぱり、わたしには“魔女”がお似合いなのだ。
独りごちていると、聖女様と不意に目が合った。
えっ、聖女様がこっちを見ていらっしゃる?
「…………」
ずんずんとこちらに歩み寄ってくる。
なんだか、アルコールの匂いがする。
立食が始まる前だというのに、もう酔っ払ってらっしゃるのかしら?
聖女様はわたしの前でぴたりと立ち止まった。
「あんた、聖女になりたいの?」
「え?」
まさか、独り言が聞こえた?
そんな大きい声で言ったつもりはなかったのに。
何が何だかわからないわたしをよそに、聖女様はじっと視線を逸らさない。
失礼なことを言ってしまったのかと謝罪しようとしたとき、先に聖女様が口を開いた。
「聖女になりたきゃ、譲るわよ」
譲る?
聖女を?
「え? え?」
どういうこと?
聖女様がおっしゃっている言葉の意味が、一つも理解できない。
「だから……」
察しの悪いわたしを見かねてか、聖女様が続けようとしたとき、
「マリア〜!」
と聖女様がご指名された。
ナヴァロ様が手を振ってこちらに向かってくる。
ナヴァロ様の視界に入りたくない。
また嫌そうな目を向けられるのはごめんだ。
「わ、わたしはこれで失礼しますわ」
「あ、ちょっと!」
聖女様──マリア様に引き留められながらも、わたしは大広間を後にした。
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