5 共通点
見つかりたくない人に見つかってしまった。
マリア様の指示でシャーリーン様とお茶会を開いたら、紅茶をぶっかけられたなんて、優しい彼に言えるはずがない。そもそも、聖女に弟子入りする話でルカ様とは揉めている最中だ。
気まずい……。
ルカ様は駆け足でわたしに近づいてくる。
「えぇと……何でもありません」
「何でもないわけないだろう」
ピシャリと否定されてしまった。
「えぇと、本当になんでもないんです」
愛想笑いを浮かべるわたしに、ルカ様は鼻を動かした。
「紅茶か?」
鋭い。
「……そうです」
わたしは白状したふうを装って、嘘を続ける。
「紅茶を運んでいたら、転んでこぼして、自分に……」
「紅茶は使用人が運ぶだろう、嘘をつくな」
一瞬で見抜かれた。わたし、嘘が下手なのかもしれない。大丈夫なふりをするのは、得意だと自負していたのにな。
「誰かにぶっかけられたのか?」
「…………」
嫌な汗がダァッと身体中から湧き出るのがわかった。
唇が震える。足にうまく力が入らない。顔を隠したい。逃げたい。怖くて目が見れない。申し訳ない。早く謝らなくては。
「あの……」
嘘をついたこと、そして──わたしが自分の不幸は予知できない無能だということ。
「エリザベス……」
謝罪を述べる前に、ルカ様はわたしの手を取って跪いた。
「えっ!? ルカ様!? おやめください!」
「聞いてくれ、エリザベス」
真剣な声と瞳に、わたしは黙り込んでしまう。
「お前の意見も聞かずに聖女になるなと否定したこと、悪かった」
「……っ」
わたしより低い位置から見上げてくるルカ様から、申し訳ないという思いが伝わってくる。
謝らなきゃいけないのは、わたしのほうなのに。
「何があったかは知らないが、今のお前を見て俺は胸が苦しくなった」
ルカ様は小さく頭を左右に振った。
「守ってやりたいと思ったのに、全然守れていない」
「それは、わたしが勝手に……」
「いや、違う。エリザベスは悪くない」
わたしが悪くない……?
思っても見ない言葉に鼻の奥がつんとした。
そんなこと、誰も言ってくれなかった。全部、全部のことは、わたしが悪いのだと思っていた。ずっと。
目頭が熱くなる。
「……すまなかった。俺を許してくれないか?」
「…………!」
涙はもう止まらなかった。
わたしは観念してことの顛末を説明するために、わたしの寝室の前でルカ様に待っていただいた。
使用人とともに着替えを済ませてから、ルカ様を招き入れる。
長い話になりそうだったので、ソファーに腰をかけてからわたしは順番に説明した。
シャーリーン様を説得しないといけないこと、紅茶をかけられたこと。できるだけ簡潔に。
ルカ様はうなずきながら、真剣に話を聞いてくれた。
「……というわけです」
理解していただけたかしら……?
わかりにくかったかもしれない、と思いつつ、恐る恐るルカ様の様子を伺う。
「……お前は、そんなことをされてもなお、母様を救おうとしているのか?」
開口一番、ルカ様の声は怒りに塗れていた。
怒っていらっしゃる……が、何に怒っているのかわからない。
「助けるも何も、これから具合が悪くなる人を放っておくわけには」
「放っておけばいいだろう!」
ルカ様が勢いよく立ち上がった。反射的にわたしは目を瞑る。
激昂して立ち上がった両親は、必ずわたしを叩いた。その記憶と防御する姿勢が体に染み込んでしまっていた。
頭あたりに手を掲げて震えるわたしを見て、ルカ様は深呼吸を一つしてから静かに座り直した。両手を組んで額に押さえる。
「……俺は、今の父も母も好きじゃない、というより、嫌いだ。お前にそんなことをして、たとえ病気になろうと、自業自得だと思っている」
「ルカ様……」
冷静を取り繕うとしているが、その手は震えていた。
怒りで、だろうか。
自分の母親は断罪され、王宮から追放されたのだから、自分の母を守ってくれなかった今の王様と王妃様を好きになれるわけがない。
物心ついた頃には、きっと自分に似ていない家族に囲まれていたのだろう。唯一血縁関係のある父は追放される母を見捨てた。
「ずっと、一人だったのですね」
「……!」
わたしみたいに。
わたしはそっと震えるその手を両手で包み込んだ。
「ルカ様の気持ち、お察しいたします。わたしも魔女と呼ばれ、家族から腫れ物扱いされていましたから……」
落ち着かせるように、安心させるように、わたしは微笑んだ。
「ルカ様のお母様を探すために、わたしエリザベス、全力を尽くすことを誓います」
あなたの心が少しでも安らぎますように。もう一人じゃないと。わたしはあなたのお嫁さんになったのですから。
「エリザベス……」
ルカ様の瞳は揺れていた。今にも涙が瞳の奥から溢れてきそうなくらい。ルカ様の右手がわたしの頬に触れる。
「はい、エリザベスはここにおります」
手に頬を擦り寄せた。
「……っ」
ルカ様の手が少しびくりと震える。
ゴツゴツしていて、大きくて、温かい、男の人の手。この手は、わたしを殴ることはない……ずっと、この手で触れていて欲しい。
「お前だって今まで辛かっただろうに、どうしてそんなに他人に優しくなれるんだ?」
ルカ様の顔がだんだん近づいてきた。長い、藍色のまつ毛すら美しい。いい匂いに頭がくらりとした。
「俺もずっと孤独だった。それでも生き抜いてきた。それはお前もきっと同じだろう」
ルカ様の瞳に吸い込まれそうな気さえした。低音の声が脳に甘く響く。ルカ様の親指がわたしの頬を撫でる。
「でも、俺はそこまで人に優しくなれない。それも、自分を虐げてきた人間に」
優しい声が耳に心地いい。
「なぁ、もう一人は嫌なんだ……」
え……?
ルカ様の唇がわたしの唇に重なった。
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