2 聖女反対の理由
常にクールなルカ様が素っ頓狂な声をあげた。
「マリアって、聖女マリアだろ? 弟子入り? 何を言ってるんだ?」
クエスチョンが止まらないルカ様が、質問と共に距離を詰めてくる。ずいずいと端正な顔が近づいてきて、思わず逸らしてしまう。
ち、近い……!
心臓がドキドキと高鳴るが、ルカ様は納得できる回答を得られない限り離れる気はなさそうだ。
「先日の事件の後、マリア様に聖女にならないか誘われまして。弟子入りすれば、聖女にしてあげるって……」
「そんなのダメに決まってるだろう!」
急な大声にわたしは肩が震えてしまった。殴られるかと思って、反射的に頭を手で覆う。
ルカ様は我に返り、「すまない」と謝罪し、荒げた息を整えた。
「どうしてそうなったんだ?」
「……マリア様からお聞きしました。聖女とは特別な力があるわけではなく、ただの医者なのだと。わたしも医療の知識を得て、人々を救いたいと思いました」
「王子妃としては立派だが……」
ルカ様は額に手を当てて、頭を横に振った。どこから説明したらいいか、といったふうだ。
「……お聞きしてもいいですか?」
「なんだ」
「どうしてルカ様は聖女にそこまで否定的なんでしょう?」
舞踏会で出会ったとき、「聖女なんて馬鹿なことはやめておけ」と言われたが、その後、わたしが魔女と呼ばれる所以の話になってしまい、理由を聞き損ねたままだった。
「だってこの国では聖女という役職に対してとても好意的です。聖女になれるなんて、とても名誉あることなのに」
「…………」
「…………」
重い沈黙が流れた。言葉を選んでいるのか、そもそも伝えていいものか判断しかねているのか。わたしは彼の思考がまとまるのを待つ。
そして出てきた言葉は信じられない情報だった。
「……俺の母は、元聖女だった」
「えっ!?」
ルカ様のお母様が前の聖女様!? 王様の愛人が聖女様だったということ?
でも、そうだとしたら合点がいく。
マリア様は自身のお師匠様のことを「藍色の髪を持つ女性」と仰っていた。それはルカ様のお母様と同じ特徴。ルカ様のお母様は、元聖女で、王様の愛人。
そこまで整理すると、一つの疑問が浮かんでくる。
なら、何故、今までルカ様のお母様は公の場に出てきていないのだろう?
聖女ならかなり地位が高かったはず。愛人という立場上、王妃様に行動を制限されていたのだろうか?
「俺の母が国民の前に顔を出したことはない」
わたしの疑問に答えるように、ルカ様はポツリと話し始めた。
「俺が生まれると同時に断罪され、王宮から追放されてしまったんだ」
だ、断罪……!?
王宮追放……!?
「そんな、ルカ様のお母様は一体何をしてしまったんですか!?」
「……兄様に毒を盛って殺そうとしたらしい」
「……!?」
王族暗殺未遂……!?
思いがけない事件が次々と飛び出てくる。
それは確かに公の場に出すわけにはいかないし、王宮から追い出されてしまうのも納得だ。
「でも俺は信じていない。誰かが母を嵌めたんだ。聖女という立場に嫉妬して……!」
ぎゅ、とルカ様が拳を握り締める。爪が皮膚に刺さって、血が出てしまいそうなくらい強く。
「だから、お前にも聖女になってほしくないんだ。今の聖女のマリアだって、急に父様に連れてこられてきた。マリアもただ聖女の役割を捨てて、お前に押し付けたいだけだろう」
「それは……」
そうかもしれない。彼女は故郷に婚約者がいて、故郷に帰ることを強く望んでいた。
「聖女なんてただの厄介者なんだ。今からでもマリアに断りを入れるべきだ。お前が言いにくいなら俺から伝えておく」
言い終わるや否や、ルカ様は踵を返してマリア様のいる聖療院に向かおうとする。聖療院とは、マリア様たち医療に携わる人間が常駐している王宮内の施設だ。
「ま、待ってください!」
わたしはその手を掴んで、ルカ様を引き留めた。
「でもマリア様のお師匠様は、ルカ様のお母様だったと仰っていたのです……! これ以上の情報が欲しかったら、弟子になるようにと……!」
「何……!?」
ルカ様は足を止めて、再び考え始めた。
「ルカ様も、お母様のことが知りたいでしょう? わたしもそのために、ここにいるはずです」
「……そうなんだが」
「わたしは大丈夫です、傷つくことには慣れてますから」
大したことはないと伝えられるように、ふわりと笑いかける。
「……っ」
彼は途端に複雑そうな顔をした。歯がゆい、言いたいことがあるのに、うまく言葉にできないような、そんな顔。ルカ様は黙ってわたしの手を引いた。
「きゃっ」
わたしはあっさり彼の腕の中に収まってしまう。
「る、ルカ様……!?」
状況を把握して、わたしの頬は熱を持った。
一体、どういうこと? わたしはなぜ抱きしめられているの?
「確かに、俺は母を探すためにお前と結婚した……だから」
ゆっくり、わたしの心を傷つけないように声を絞り出すルカ様。
いい匂いが鼻腔をくすぐった。心臓の音が聞こえる。わたしとは違う、固い胸板。大きな体躯──不思議と怖くない。
「お前を利用している俺が言える資格なんてないんだが……」
ぎゅ、といっそう強く、わたしの背中に回された腕に力が込められる。
きっとその気になれば、わたしなんて簡単に折ってしまえるのに、そんなことはしないだろうという安心感がルカ様にはあった。
ルカ様は少しだけ息を吐いてから言う。
「お前がわざわざこれ以上傷つく必要はない、とも思ってしまう……」
二律背反する感情の許しを乞うように言葉を紡ぐ彼の表情は見えない。
どんなお顔をしていらっしゃるのか、覗き込みたい気持ちを抑えてわたしはそっと抱きしめ返した。
……きっと、辛そうな顔をしているだろうから。
「ルカ様……」
お母様を探したいという目的と、ルカ様自身の優しさがせめぎ合っている。
他人に嫌な思いをさせてまで、己の欲求を通したくはない。
そういう人なのだ、ルカ様は。
そういう人だから、わたしは。
わたしはルカ様の背中から手を離した。ぐ、と彼の胸を押し返して、目を合わせる。やっぱりというか、彼の眉毛はハの字になっていた。
「だからこそ、わたしは協力したいと思ったのですわ」
「……!」
「そんな泣きそうな顔をしないでください」
「泣いてない」
ふふ、と笑うと、キリッとした声が返ってきた。
「聖女の弟子入りを断るにしても、受けるにしても、マリア様と相談してきますわ。話をしないことには、解決しなさそうですから」
応接室の出入り口へ歩を進めれば、使用人たちが扉を開けてくれる。
「……大丈夫か?」
「大丈夫です」
心配が声色に滲み出ているルカ様にそう言い返して、わたしは応接室を後にした。
目指すは、聖療院だ。
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