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9.こうして、始まりは終わる。

 道案内の対価とばかりに精霊たちから愚痴を聞きながら森を進む。

 精霊といっても自我に乏しい小精霊たちで、揃って口を開いては同じことを繰り返し喋る。行ったり来たりする喋り方は独特で、この喋り方に耐性がないと精霊に力を借りて術を使う精霊士は勤まらないらしい。

 そのためか、知人が精霊と相性がいいとわかると無言で肩を叩くらしい。


 もっとも、俺には関係のないことなのだが。


 俺はうまい具合に父親と母親の特技を引き継いでいるらしく、調剤の感性や精霊との相性は母親譲りだとじーちゃんは言い、冷静に物事を判断することや妙な感の良さは父親譲りだとカーンのやつは言う。

 村を出るまでは信じていた運動オンチなところは母親譲りで、嫌なことが溜まると冷酷になるところは父親譲り――と、当然のように悪い点も受け継いでいるようだが。


 遠くから俺を呼ぶユーニスの声が聞こえたところで俺は精霊たちに別れを告げ、その礼にと摘みながらきたトウヲの枝を一本、呪いを唱えながら地面に突き立ててる。

 なんてことのない平穏を願う呪いであるものの、きっとこのトウヲは大きく育ちこの地の安らぎの中心となることだろう。


 平穏を――世界の均衡を願った呪いは、俺が本気でそう願えば、そういう効力を持つのだ。


 当然それぞれの王が願うほどの力はないし、トウヲの場合なら精霊の加護持ちのほうが効力は強い。

 だが、半永久的に近い効果を持つのは〝俺《歯車》〟の場合なのだ。




     *




「よかった、無事で」


 俺の姿を見るなり抱きついてきたユーニスは、ほっと胸を撫で下ろして吐息混じりにそう呟いた。

 まるで迷子の子供みたいなユーニスのその姿に俺は苦笑を浮かべつつ、宥めるようにユーニスの背中を軽く叩く。


「俺は大丈夫だ。

 あの時みたいに怪我なんてしてないだろ?」


 俺がカーンの変態染みた治癒を大人しくうけていた理由が、これだった。


 俺とユーニスが十歳になる前だったか、村の近くの森に狩りに行ってはぐれたことがあった。俺は森にしか自生しない薬草を集めるのに集中し、ユーニスはキノコや木の実といった食糧を集めるのに集中していた。

 集めるものが違えば、注目するところも違うし向かう方向も違う。そんなわけで当然のようにはぐれたのだが、その時迂闊にも怪我をしてしまった。足を踏み外して小さな崖を滑り落ち、その先にあった木の枝に足をざくり。

 意図しない強烈な痛みに僅かな間意識を飛ばしてしまった訳なんだが、目が覚めた時、森にいた精霊のまぁ煩いこと。

 小精霊が泣き喚けば、その上位である精霊たちが何事かと駆けつける。原因が俺だと知れば自分達では役立たずだと、更にその上位である精霊たちが……。とまあ、そんな按排だったわけだ。結果的に精霊四王と呼ばれる彼らが出てくる前に宥めてお帰りいただくことは出来たが、それでも辺りの自然が不自然に急成長するのは避けられなかった。


 拾い集めた薬草と不自然に急成長した薬草で急場を凌いでいたそこにユーニスが現れ、ほっとしたのもつかの間、今度は見事に混乱してくれたユーニスを宥めるのに気力を使い果たした。

 もう二度と、色んな意味であんな目は御免だと心に刻んだ。

 だから素直に甘んじた。


 甘んじたわけなんだが……大差なくないか?


「急に走り出したりするから、心配したんだ。

 途中で転んだりして怪我してるんじゃないかって、俺……」

「お前なぁ、俺を幾つのガキだと思ってんだよ」


 ユーニスの過剰な行動に呆れつつも、比較的慣れている俺は落ち着かせるために特製目覚まし飴を取り出すために背嚢に手を伸ばす。

 その途中で、ルーリェとザンガと視線が交わった。

 ザンガはともかく、ルーリェは見ては不味いものでも見たかのような表情を浮かべて目を泳がせた。


 絶対に、誤解してるよな?

 俺とユーニスの関係。


 飴をユーニスの口に放り込み、目を白黒させている間に腕の拘束から逃れる。

 服の乱れを軽く直し、それから再度ユーニスに向かい合う。


「それで、襲撃はどうなったんだ?」

「あ、うん。

 それが妙なんだけどさ、俺とミーゴとラテさんと半数くらい仕留めた時だったかなぁ、急に撤退を始めたんだ」


 あの獣魔族が呼び寄せたがっていたカーンと一応俺が、見事に釣れたから支配を解いたんだろう。

 魔物だなんて呼ばれまるで魔族の下っ端のように勘違いされているが、実際は魔族とは全く関係がなく動植物がなんらかの原因で狂ったものを言う。今回の場合はさっきの獣魔族が森の狼を狂わせたわけだから、全く無関係という訳にはいかないだろうが。

 この場合でも完全に狂ってしまってはもう還すしか手はなく、あそこまで狂ってしまっては精霊の加護持ちでも無理だろう。まあ、元々精霊の加護持ちは精霊を戻すことしか出来ないんだが。


「そっか。

 ……じゃあ、街道を行く人に注意を促すか、討伐依頼を出してもらわないと危ないな」


 俺としては、ユーニスたちが全部を仕留めておいてくれることを期待してたんだが、逃げたんなら仕方ない。

 もっとも、半分は仕留めたっていうんだからそれだけでも十分なのかも知れない。今回の場合の目的は、殲滅じゃなくて身を守ることだったんだし。それにユーニスはひとり飛び出した俺のことを心配して、追うことを諦めたんだろうし。


「ユーニス、戻ろう。

 きっと心配して待ってる」


 どうやら考えが表情に出てしまったらしく、目聡くそれに気付いて気落ちした表情のユーニスに手を伸ばした。

 一転して笑みを作ったユーニスは俺の手をとって、揚々と歩き出した。




     *




 もう一度呪いをかけておいたほうがいいだろうと、森の中を進みながら見かけたトウヲの枝を折りつつ進む。そこまでは順調だった。が、街道が見えたところで俺としてはもの凄く聞きたくなかった声が聞こえて、思わず足を止めてしまった。


「ニック?」

「……なんでもない」


 俺の様子に気付いたユーニスが問いかけてきたが、首を横に振ってごまかす。

 俺にとって聞きたくなかった声なだけで、別に害をなすような悪人じゃない。それはわかっていても、気に喰わないんだからしかたがない。


 森を抜けると、俺たちに気付いた一行が一斉に振り向いた。

 案内を兼ねてついてきたのかその中にはクルヤの姿があり、手は腰に刷いた剣の柄に乗せられていた。が、その手はすぐに退けられた。

 安堵したようなクルヤが何か言おうと口を開いて言うより先に、その陰から姿を現した若旦那がひょっこりと顔を出した。

 クルヤはわかるが、どうして若旦那まで。


「ああ、無事でよかった。

 森の中にニック君がひとりで入っていったと聞いた時には、胆が冷えたものだよ」

「……若旦那」

「ルイロとアイリェも、ご苦労だったね。

 医師団の方々が往診をしたいと言っているから、疲れているところ悪いがそこの幌馬車に頼むね」


 疑問を口に出すより前に若旦那は笑顔で言い、俺らに続いてきたアイリェとルイロにも言う。さり気なく厄介払いしているようにも思えるのは、間違いなくあの男がいるからなのだろう。


「ニーベウス卿、どうしてこちらへ?」


 俺同様、あの男に気付いていたユーニスが笑顔で言う。

 ユーニスは、俺がこの男を――村近くで行き倒れていた王の使者を苦手としていることに気付いていても、俺が初対面の人を警戒するそれとしか思っていない。

 その通りではあるが、この男の場合はちょっと違う。ないに等しい父親の血が、この男は厄介だと告げるのだ。カーンの件は別にしてもだ。


「んー、なんとなく?

 医師団を率いて行けって、誰かから言われてるような気がしてね」


 胡散臭い。

 思わず呟いた言葉は意外と響いて、当然聞こえていたらしい一同は顔をひきつらせた。唯一変わらなかったのは、ユーニスとその男くらい。

 こういうところも、胡散臭い。カーンと同じものを感じる。


「まあ、細かいことは気にしちゃだめだよね。世の中、なるようにしかならないんだからさ。

 先達の心得の続きはまた今度にすることにして、何がどうだったのか説明してもらっていい?」


 その言葉を受けてユーニスが俺の顔をちらりと見る。

 どこまで話していいものか、俺の意見を伺ったんだろう。

 俺や村のみんなにとっては見慣れた光景なんだが、さすがに今後もいちいち俺に尋ねる様ではまずいだろう。少しずつ直させないと。


「どうってことありませんよ。

 既に若旦那やクルヤから聞いてるとは思いますが、サヴァに向かうオムロさん一家と街道で出会って、それを俺が村に伝わる療法で治療しただけの話です」

「治療、ねぇ」


 笑顔の面を顔に貼り付け、できるだけ穏やかな調子で告げる。

 納得のいっていない調子で問い返してくるが、俺が何をしたのか説明することはそもそも無理な話だし、たとえ可能だったとしても話す気にはなれない。

 視界の隅にいた見知らぬ男の顔がひきつったのがわかったが、悪いのは俺じゃない。……と、思う。


「……ま、いいや。俺には関係のことだし。

 医師団は話を聞きたがるだろうから、話せるところは後で話してあげて。彼らは未知の病気と治療法が大好物だから」


 幼子が玩具の興味を失うかのように男は呟いたかと思うとそう付けたしたかと思うと、徐に腰の獲物を鞘から抜き去った。

 でもって、それを俺の首に突きつけた。


「それよりさ、君のつけてるその匂いが気になるんだよね。

 銀色のあの野郎とどこで会った? 答えないと、掻っ切るよ?」


 おそらく、本気なんだろう。顔は笑顔のままだし、口調も軽いそれのままだが。


 それよりも、だ。

 銀色のあの野郎というのは、間違いなくカーンのことだろう。あいつの本性は基本的に人間のそれと変わらないが、銀髪に双角というのはあいつの特徴と知れ渡っている。それも悪名と共に。

 そんな魔族相手に、少々の確執で、ちょっと匂いを嗅ぎつけたからって抜き身の剣を突きつけてくるだろうか?

 答えは否だろう。


「答えて差し上げたいのは山々ですが、それが誰をさしているのか、俺にはさっぱりなんです」


 俺はさっぱり理解できないとばかりに、白々しく言葉を返す。

 とはいえ平然とそんなことをしては知っていると言外に示していることになる訳で、顔には怯えを浮かべ、答える声は震え途切れ途切れに、そして腰は引けてだが。

 どうみても悪人は向こう。そんな光景を作り出す。


「ニーベウス卿!」


 俺たちの間にユーニスが割り込み、やっと、興が逸れた様子で剣を下す。

 周囲からは安堵の息が漏れているのが聞こえるが、その目は笑っていない。視線で人が殺せるなら、即死ものだろうってくらいに。


「ま、時間はたっぷりあるし。今回は見逃してあげるよ」


 慣れた手つきで剣を鞘に仕舞い、俺に背を向ける。その頭上では俺に向かって手を合わせて謝る神の眷属の姿が、一瞬視界に入りこむ。


 基本的に、聖の連中は魔とは違って表舞台には出てこない。その代わりと言ったらあれだが、彼らは人を守護し、駒とする。駒となった人はその身に祝福を与えられる代償に、狂ったモノをなんとかさせる。もしくはその仕組みを整えさせる。

 狂ったモノをなんとかする使命を帯びたその中から、本物の〝勇者〟が作られる。村に来た自称とは違う、本物がだ。


 あの男は、勇者にはなれないが重要な駒のひとつ。勇者となる可能性を秘めた、若者たちを指導する立場にいる。

 ユーニスは、勇者となれる駒だ。


「ったく、忌々しい」


 思わず悪態が漏れた。

 ぎょっとした視線が俺に向くが、それを全部気付かなかった事にしてオムロさん一家がいる馬車に向かう。

 世界の歯車でない俺が今出来ることは、村の薬師見習いとしてオムロさん一家を見舞うことぐらい。何かしていないと、あの男を害しに行ってしまいそうだ。


 父親の血のせいか、俺は聖の加護を受けた連中が嫌いだ。世界の理を崩さないよう、聖の加護を受けた連中は魔となれ合わないように洗脳されるためかもしれないが。聖の連中はそうでもないのに、なんとも厄介な体質だ。

 ユーニスを嫌っていないのはユーニスだけが例外なのか、それとも他の条件があるからなのかはわからないが。

 だからか、これまで俺が歯車として還してきた中に聖の連中は数える程しかいない。魔にも聖にも無にも属さない人だが、その在り方は聖に近い。そのため聖に好意的な歯車は多いし、元より少数精鋭を行く聖は狂うことが稀。

 そんな理由もあって、魔と無――この場合は精霊だが、それらに近しい俺は、どうやら魔の専属的に思われている節もあるらしい。


「……忌々しい」


 もう何に対してかわからない悪態を、再度吐き捨てた。




     *



 それから俺たちは医師団と一緒にサヴァに。そこで簡単な検査を受けた後、若旦那たちと一緒に王都に。幸いなことにその最中では何も起こらず、平穏無事な――と言えればよかったのだが、それに同行したあの男。

 何も起こらないとはならなかったが、襲撃を受けることも厄介事がやってくることもなく、それまでと比べれば「平穏」と言ってもいいだろう。


 若旦那たちとは落ち着いたら顔を出す約束をして別れ、俺とユーニスは王立学校の中にある屋敷にとやってきていた。

 ここが……。


「なんだか、凄いな」


 蔦で覆われたおどろおどろしい雰囲気の屋敷に、ユーニスからそんな感想が漏れた。

 中からは非常に嫌な気配しかしない。


 ユーニスは心配だが、俺、村に帰りたい。




     とりあえず、幕。

「俺たちの冒険はこれからだ!」END。


という訳ではないのですが、予定より王都に行くまでが伸びた時点で話はここで終わることに決めていました。

ので、打ち切りでもありません。違うったら違うんです。


その内設定の怪しいところは修正かけます。

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