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婚約破棄、承りました。ですが私の管理していた「国家予算」「精霊の加護」「魔導防衛網」は全て私有財産ですので、回収させていただきますわね?  作者: 桐谷ルナ


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第66話:委員会の再来、しかし今度は「お客様」として

 執務室の空間が、無数の読者たちのホログラムで、埋め尽くされた。

 その数、ざっと数百名。

 帝国の最も厳重なはずのヴォイド・コアが、外側からの読者たちの注視で、ぱんぱんに膨れ上がっていた。


「……ふふ。なんて、賑やかな『顧客感謝祭』でしょう」


 エリザベートは、扇を広げ、優雅に立ち上がった。

 その瞳には、もう、戸惑いはなかった。

 ただ、純粋に「お客様一人ひとりへの、誠実な対応」の構えがあった。


「皆様、ようこそお越しくださいました。……お一人ずつ、ご要望を、伺いますわ。まずは、王道派の読者様から」


 ホログラムの中から、勇ましい体格の男性読者が、進み出た。


「俺は『王道厨』だ! エリザベート、お前は、もっと真っ向勝負で敵をぶち抜くべきだ! 話し合いだの相互融資だの、ヌルすぎる! もっと派手に、剣で斬り、契約で潰せ!」


「承知いたしましたわ、王道厨様。貴方様のご要望、月例会の議事録に、丁寧に記録しておきますわね。……ですが、ご報酬のお支払いをお願いいたします。私の宇宙を、貴方様の好みに合わせる手数料、銀河一個分ですわ」


「な、何だと!?」


「お支払いいただけない場合、ご要望は『無料のクレーム』として、即座に却下となります」


 王道厨が、絶句する間に、次の読者が、進み出た。


「私は『純愛勢』ですわ。カエルス様とエリザベート様の、もっと、もっと甘いシーンを、お願いいたしますの! ファウスト引退後の、二人っきりの夜の場面、もっと詳細に描写してくださいまし!」


「承知いたしましたわ、純愛勢様。……ですが、それも、有料サービスとなります。お一人様、銀河三個分。連載のテンポを乱す追加サービスのため、割高となっておりますの」


「うっ……三個も……っ」


「次は、レビュー荒らし様、いらっしゃいますか?」


 ホログラムの隅から、不機嫌そうな男性が、声を上げた。


「俺は最近の話、全部、星一つだ! 退屈すぎる! もっとサクサク敵を倒して、爽快感を出せ!」


「承知いたしましたわ。……ですが、レビュー荒らし様。貴方様、私の物語を、第8話以降、いずれも30秒以内で『斜め読み』なさっていらっしゃるご様子。……つまり、貴方様のご評価は、内容ではなく、貴方様自身の『読書速度の都合』に基づいておりますわよね?」


「そ、そんな記録……!」


「貴方様にも、貴重なお時間を、貴方様自身の都合で消費なさる権利が、ございますわ。ただし、その消費を理由に、私の宇宙の結末を変更することは、できません」


 エリザベートは、扇を、軽やかに振った。


「皆様。一つだけ、ご理解くださいませ。……私の物語は、貴方様一人を、一秒残らず満足させるために、書かれているのではございません」


「そ……それは、どういう意味だ」


「読者一人を満足させるために書かれた物語は、その他全員の読者を、不満にさせます。……私は、一人の絶対的なファンを得る代わりに、全ての読者を、対等な『お客様』として、お迎えする道を、選びますわ」


 エリザベートは、扇を閉じ、深く頭を下げた。


「ですから、皆様。本日は、ご来店、誠にありがとうございました。気に入っていただけたお客様には、今後も、私たちの宇宙を、ゆっくりとお読みいただければ幸いです。気に入らないお客様には——他の本棚を、ご利用いただくこと、心よりお勧めいたしますわ」


 その瞬間——

 読者たちのホログラムの中から、一斉に、ノイズが走った。

 彼ら自身が「気に入らないなら他の本棚に行けばいい」という選択肢を、初めて、突きつけられたのだ。

 強要された訳でも、追い出された訳でもない。

 ただ、エリザベートが、彼らの「最大の権力」——『離脱の脅し』——を、こちらから先に、合法的に提示したのだ。


「……っ、何だ、これは……」


 最初に現れた、灰色のセーターの男性読者が、震える声で呟いた。


「僕たちが、君を脅す材料は、『この本を閉じる』だった。……だが、君が先に『どうぞお閉じくださいませ』と言ったら……」


「ええ。脅迫は、成立しませんわ」


 エリザベートは、にっこりと微笑んだ。


「皆様の『閉じる』権利は、永遠に尊重いたしますの。……ただ、閉じた本は、二度と、貴方様の本棚には、戻りませんわよ? ご決断は、慎重に」


 数百のホログラムが、揺らぎ、点滅し、そして——

 大半が、静かに、ゆっくりと、消えていった。

 執務室の空気が、少しずつ、元の広さを取り戻していく。

 残ったのは、王道厨と、純愛勢と、灰色のセーターの男性、それと、僅かに数十名の「精読派」の読者だけだった。


「……あら。意外と、残ってくださる方が、いらっしゃるのね」


「君は、僕たちを、追い出さなかった」


 灰色のセーターの男性が、ぽつりと呟いた。


「君は、僕に『出ていけ』とは言わなかった。『どうぞお選びくださいませ』と言った。……それが、決定的に違ったよ」


「ええ。私は、誰の読書体験も、強制しませんもの」


 エリザベートは、残った読者たちに、深く一礼した。


「残ってくださった皆様、改めまして、ようこそ、私の宇宙へ。……次の章は、もう少し、お時間をかけて、お読みくださいませ」

 女帝、なんと「読者の脅迫権」そのものを、先回りで無効化なさいましたわ。

 お客様対応の鉄則——「離脱権をこちらから先に提示する」、これは経営学の最高峰でございますの。

 でも、まだ最終ボスは残っておりますわよ。残った数十名の精読派の前で、女帝は次に、宇宙の「読者依存」そのものを解体なさいますの。

 【ブックマーク】と【☆☆☆☆☆】、女帝の「顧客満足度ゼロ宣言」を、ぜひ。

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