第65話:読者監査——貴方様、私の物語の何ページを読み飛ばしましたの?
「読者様。一つ、お伺いいたしますわ」
エリザベートは、ティーカップを優雅に置き、扇の代わりに、新しい魔導タブレットを手にした。
「先ほど、貴方は『最近の話は退屈で、ページを飛ばした』と仰いましたわね? ……差し支えなければ、貴方の『閲覧履歴』を、確認させていただいてもよろしくて?」
「閲覧履歴?」
「ええ。貴方が、私の物語のどの章を、何分かけて読み、どの章を、何秒で飛ばしたか。……それを、開示していただきたいの」
「……そんなもの、誰にも開示する義務はないよ」
「あら。ございますわ」
エリザベートは、タブレットの画面を、男性に向けた。
「貴方が、私たちの宇宙の『結末』に介入なさるおつもりなら——少なくとも、貴方が私たちの物語を、どこまで真剣に読んでくださったか、その実績を提示していただかなくては。……『読まずに口を出す』、それは、貴方のお国で言うところの『業務妨害』にあたりますわよ?」
男性が、初めて、明確に動揺した。
彼は、紅茶のカップを、置いた。
「……」
「セレーネ」
「は、お嬢様」
影から、無表情のセレーネが、すっと現れた。
「読者様の閲覧履歴、強制開示プロトコルを、起動なさい。……これは、宇宙の正当な顧客対応として、合法ですわね?」
「合法でございます、お嬢様。……読者氏が、私たちの物語を『勝手に手に取った』時点で、利用規約の同意とみなされます」
「な、何だそれは!? そんな規約、僕は読んでない!」
「あら。それは、貴方の自己責任ですわ。……私たちの本の裏表紙には、利用規約が、ちゃんと印字されておりますの」
セレーネが、指先で空中を撫でると、男性の手にしていた本の裏表紙が、淡い金色に光った。
そこには、極めて小さな、しかし確かに、印字された規約が、何百行も並んでいた。
『本書を開いた時点で、貴方は本書の世界の住人に対して、誠実な読書義務を負うものとする……』
「な、何だこれ! こんなの、僕、読んだことない!」
「読まずに署名した、ということですわね。……それも、また自己責任ですわ」
エリザベートは、にっこりと微笑んだ。
セレーネが、男性の閲覧履歴を、空中に投影した。
『読者氏・閲覧履歴:
第1話「華やかな夜会、最悪の余興」:閲覧時間 12分27秒(精読)
第2話「翌朝、地獄の目覚め」:閲覧時間 10分43秒(精読)
第3話「覇王の出迎えと、終わりの始まり」:閲覧時間 9分12秒(精読)
第4話〜第7話:いずれも10分以上(精読)
第8話「帝国の薔薇、社交界の処刑場」:閲覧時間 4分18秒(流し読み)
第13話「聖なる奇跡の価格破壊」:閲覧時間 2分30秒(斜め読み)
第17話「運命の民営化」:閲覧時間 35秒(実質スキップ)
第32話「多次元エリザベート会議」:閲覧時間 28秒
第46話「セレーネの休日」:閲覧時間 ゼロ秒(完全スキップ)
第52話「カエルスの口座、初めて開示される三項目」:閲覧時間 ゼロ秒(完全スキップ)
第60話「新型エリザベート『敗北を覚えた女帝』」:閲覧時間 ゼロ秒(完全スキップ)』
「……」
男性の顔から、見事に、血の気が引いていった。
「読者様。……第46話、セレーネの幼少期のお話。あれ、貴方、お読みになっていないのですわね?」
「……それは、暗くて、退屈だったから……」
「ふふ。第52話、私の夫の魂の白紙小切手のお話も?」
「……シリアスが、苦手で……」
「第60話、私の覇道が初めて批判される回も?」
「……」
エリザベートは、扇代わりのタブレットを、ぴしり、と閉じた。
「読者様。貴方が読まれたのは、私の物語の——『ざまぁ』の部分だけ。私という人間が、誰かを愛し、誰かに揺さぶられ、自分自身を疑った、そのすべての場面を、貴方は、完全に飛ばしていらっしゃいますの」
「……っ」
「では、お伺いしますわ。……私の物語の三分の一しか読まずに、その結末に口出しなさる権利を、貴方は、どこから得ていらっしゃるの?」
男性の口が、何度か開いて、そのたびに閉じた。
ただ、本を握る手だけが、震えていた。
「……それは、僕の好みで……読書は、個人の自由で……」
「自由ですわ。ただ、自由には、対価がございますの」
エリザベートは、立ち上がった。
「私たちの宇宙は、読者様一人の好みで、その結末を変える義務は、負いません。……貴方が、私の物語を、もう一度、最初から、第63話まで、丁寧に精読なさるおつもりがあるなら、いつでもお迎えいたしますわ。……ですが、それまでの間、貴方の『結末への介入権』は、失効ですわ」
「……っ、エリザベート、貴様……!」
男性が、声を荒げて、立ち上がった。
しかし、彼の足元が、わずかに、ノイズで揺らいだ。
エリザベートが、彼の「読者としての権威」を、正論で、地面ごと崩しにかかったのだ。
「な……何だ、これは……!」
「カエルス陛下のお力ですわ。物理ではなく、概念の方の」
エリザベートは、ちらりと、夫を見やった。
カエルスは、すでに漆黒の剣を抜き、その切っ先は、本の中ではなく、男性の足元の「権威の根拠」そのものを、削り取っていた。
「……ぐっ。一人では、勝てない……。仲間を呼ぶ……!」
男性は、最後の力で、空中に向かって叫んだ。
「『読書委員会』! 全員、招集だ! この物語を、強制的に正しい結末に導くぞ!」
その瞬間、執務室の空間が、無数の「読者」たちのホログラムで、埋め尽くされた。
女帝、相手の「閲覧履歴」を逆監査するという、前代未聞のメタ攻撃を放ちましたわ。
でも、ピンチですわよ! 読者お一人ではなく、委員会としての招集ですもの。
執務室を埋めたホログラムは、様々なタイプの読者様。お一人ずつ、女帝にご要望をぶつけにいらっしゃいますわ。
【ブックマーク】と【☆☆☆☆☆】、女帝の「読者対応」、ぜひ拍手で。




