第59話:引き取り検査、妹候補の生活信用調査
「セレーネ。本日の入荷リスト、一覧をくださる?」
ヴォイド・コアの執務室、エリザベートは新調した銀の扇を片手に、優雅にソファーに腰掛けていた。
卓には、面接用に用意させた紅茶が九人分。まだ一つも、口をつけられていない。
隣のカエルスは、目覚めの紅茶を啜りながら、妻の張り切りようを、半ば呆れ、半ば微笑ましく眺めている。
「は、お嬢様。本日の自然発生型エリザベート、合計十二名。……うち、面接希望者、九名でございます」
「では、順番に呼びなさい」
最初に入室したのは、ふんわりとした桃色のドレスを纏った、おっとりとした少女だった。
扉の前で一度立ち止まり、深呼吸を二回してから、入ってくる。
「E-78423、と申しますわ。……あの、お願いがあって、参りました」
「あら。何かしら」
「私、悪役令嬢になりたく、ないんですの。……争いごとが、苦手で……。お母様、私を、争わない人生にしてくださいませ……」
エリザベートは、扇を閉じ、その怯えた指先をしばらく眺めた。
それから、艶やかに微笑んだ。
「結構ですわ。……E-78423。貴女は、本日付で『帝国・平和外交部』に正式採用ですわ。仕事は、戦争になりそうな国境を、お茶会で和解させること」
「ま、まあ……っ。私にできるかしら」
「貴女のその『争いたくない』という性質、外交官として最高の素質ですわ。給与は、私の名前を冠した金貨で、十分にお支払いいたします」
E-78423は、瞳を輝かせて、深々と頭を下げ、退室した。
扉が閉まる直前、彼女の足取りが、入ってきたときより速くなっているのが見えた。
次に入室したのは、エプロン姿に小麦粉を頬につけた、健康そうな少女だった。
部屋の空気が、一瞬でバターの匂いに変わる。
「E-56789でーす! あ、お母様、お一つ、いかがですか?」
彼女は、籐の籠から、こんがり焼けたクロワッサンを取り出した。
「……まあ、なんて香ばしい」
「あたし、第56789世界では、卒業パーティーの後、王子のことなんかどうでもよくなっちゃって、街のパン屋に弟子入りしましたの。今は『元・婚約破棄令嬢のパン屋』として、王都の三店舗を経営してますわ」
「あら。……それは、立派な転身ですわね」
「お母様の所には、ヘッドハンティングのご相談に来ました! 帝国の全次元に、あたしのチェーン店を、お願いできませんかしら?」
エリザベートは、クロワッサンを一口齧った。
外側が、指の中で、小さく崩れる。焼き上がりから、まだ半刻と経っていない。
「事業計画書、後ほど提出なさい。資本金は、私が無利息で融資いたします」
「やったー! ありがとうございます、お母様!」
E-56789は、籐の籠を残して、軽やかに退室した。
次の入室者は、もっと意外だった。
濃紺のドレスを着た少女が、隣に、見覚えのある顔の青年を伴って入ってきた。
「E-22001と申します。……隣にいるのは、私の世界のジュリアンですの」
「……あら?」
エリザベートが、初めて、扇を止めた。
「私と彼、卒業パーティーの後、徹底的に話し合いまして。……お互いの誤解を解いて、今は、私の私財管理を、彼に任せる程度には信頼しておりますの。婚約は、解消したままですわ。同志、というところかしら」
「お姉様、初めまして」と、ジュリアン(第22001世界)が、深々と頭を下げる。
「私は、私自身の罪を、彼女の事業の経理として、生涯返済してまいります」
その青年の指には、羽根ペンの胼胝ができていた。
剣でも笏でもなく、帳簿でついた胼胝だった。
「ええ。……それも、貴女たちの『型』ですわ。……二人で、貴女の世界を、丁寧に、運営なさい。私からは、何も差し上げる必要はないようですわね」
「ありがとうございますわ、お姉様」
二人は、揃って礼をし、退室した。
その後ろ姿を、エリザベートは、扇越しに、見えなくなるまで見送った。
「……陛下」
「ん」
「私、面接が楽しくなってまいりましたわ」
「……気付いていたか、エリザベート」
カエルスが、紅茶のカップを置いて、妻に向き直った。
「君、今、また『集めて』いるぞ」
「——」
エリザベートの扇が、ぴたりと止まった。
彼女は、開きかけた扇の縁に、自分の指先を、じっと落とした。
「……あら、まあ。……ファウスト様の椅子を解体したばかりなのに、私自身が、新しい中央集権を始めようとしていましたのね」
「ああ。気を付けろ。……君の覇気は、君が思うより、引力が強い」
カエルスは、立ち上がり、妻の隣に座った。
ソファーが、ひとり分、静かに沈む。
「面接ではなく、紹介状にしろ。彼女たちに『帝国に入れ』と勧めるのではなく、『君自身の世界で、君自身の事業を始めなさい』と、送り出せ。……それが、君が築いた分散型の真意だろう」
エリザベートは、夫の横顔を、長く見た。
そして、深く、頷いた。
「……陛下。……時々、貴方の知性が、私のそれを上回るのが、本当に、不愉快ですわ」
「ふふ。……それが、君の半分の魂の効能だな」
二人は、笑い合った。
次の入室者を呼ぶ前に、エリザベートは、面接ノートの一頁目に、新しいルールを書き加えた。
羽根ペンが紙を擦る音が、三行ぶん、続いた。
『一、入社させない。それぞれの世界に、戻す。
二、帝国は『相談所』として運営する。所属させるための場所ではない。
三、お母様、ではなく、お姉様、で十分ですわ』
帝国は、ここから、本当の意味で「軽量化」されていく。
女帝、危うく「新しい中央集権」を始めるところでしたわ。
カエルス様、満ちた魂で奥さんを諌めるの、本当にお似合いですわね。
面接待ちの椅子には、まだ六人。そのうち一人は、これまでのどの妹とも違って——勝つ気が、まるでございませんの。




