第58話:第10000世界の入荷検査、新しい妹は何枚目の旧式モデルかしら
第10000並行世界、王立アカデミー・卒業記念パーティー会場。
シャンデリアが、いつかどこかで見たような輝きで、若き貴族たちを照らし出していた。
楽団の弦が、同じ曲の同じ小節を、三度繰り返している。給仕の運ぶ銀盆から、温めすぎた葡萄酒の匂いが立ちのぼっていた。
壇上では、一人の王子が、銀髪の少女に向かって、お決まりの一言を、お決まりの抑揚で、放っていた。
「——貴様との婚約を、今この場をもって破棄する!」
その光景を、会場の天井裏から、女帝エリザベートとカエルスは、静かに見下ろしていた。
埃と、蝋燭の煤の匂いがする。女帝の絹の裾には、すでに灰色の筋が一本ついていた。
「……あら。陛下、これは、ほぼ、私の初日の再放送ですわね」
「いつ降りる? 君が指差せば、私が天井を斬る」
カエルスが、漆黒の剣の柄に手を添える。
満ちた魂を取り戻してから、この男の手は、迷わなくなった。
だが、エリザベートは、扇の先で、その手を制した。
「……お待ちなさい。あの子(E-10000)の様子を、もう少し見たいですわ」
壇上の銀髪の少女——E-10000——は、断罪の言葉を浴びても、震えなかった。
むしろ、唇の端を、ゆっくりと吊り上げた。
「……あら、ジュリアン様。……『婚約破棄、承りました』、ですわね?」
「な……何を、急に……」
「ですが、お伺いしますわ。……この国の魔導防衛網の年間維持費、月例分担金、それを支払っているのは、誰でしたかしら?」
会場が、ざわめいた。
楽団の弦が、途中で止まる。誰かの持っていた硝子杯が、床で砕けた。
E-10000は、扇を優雅に閉じ、次々と「私有財産の回収宣言」を発射した。
その手口は、かつての女帝エリザベートと——驚くほど、瓜二つだった。
「……陛下、あの子」
エリザベートが、目を細めた。
「私の『型』、完璧に再現していますわね。誰の指導も受けていないのに」
「ネットワークが、自然に学習したのだろう。……君の覇道が、宇宙の見本になったということだ」
E-10000は、ものの五分で、卒業パーティーを完全に制圧した。
防衛網の分担金、精霊の加護の維持契約、王家の年間予算に占める公爵家の拠出比率。数字が一つ挙がるたびに、壇上の王子の顔から色が抜けていく。
王子は震え、聖女は化粧が剥がれ、貴族たちは膝を突いた。
女帝は、天井裏から、その手つきを、採点者の目で追っていた。
だが——
ふと、エリザベートの瞳が、会場の隅に向いた。
倒れた、若い給仕の女性。
E-10000の「契約解除」の魔力余波で、運悪く魔導カートを浴び、無傷ではなかった。膝から下に、まだ湯気の立つ紅茶がかかっている。
その隣で、十歳ほどの王子の妹が、兄の姿に怯えて、声もなく泣いていた。小さな手が、給仕の袖を、離すまいと握りしめている。
「……あら、あら、あら」
エリザベートは、ため息と共に、天井裏から、優雅に飛び降りた。
黄金の光と共に降臨した「本物」の女帝に、E-10000が振り返り、息を呑む。
「……ど、どなたですか、貴女は……」
「貴女の『型』の、原型ですわ」
会場の誰も、動けなかった。
壇上の王子は、自分を破滅させた少女と、その少女とまったく同じ顔をした女とを、交互に見比べている。彼の頭では、まだ処理が追いついていないらしかった。
エリザベートは、まず、倒れた給仕の女性を抱き起こし、傷を癒した。
次に、泣いている王子の妹の前に膝を折り、目の高さを合わせて、自分のハンカチをそっと渡した。
それから、ようやく、E-10000に向き直った。
「E-10000さん。……採点ですわ。五十点」
「……ご、五十点?」
「ええ。手口は満点。……ですが、貴女の『勝利』の影で、二人、無辜の犠牲者を出しましたわね」
エリザベートは、給仕と妹を指差した。
「真のざまぁに、無辜の犠牲者は、不要ですの。……『敵だけを、正確に殲滅する』こと。……それが、私の流派の、唯一の作法ですわ」
E-10000は、長い間、二人の被害者を見つめた。
それから、扇を胸に当て、深く頭を下げた。
「……勉強、不足でした。ご指導、お願いいたしますわ。お姉様」
「結構ですわ。……一年で、首席に育てて差し上げますわよ。……それと、お姉様、ではなく『お母様』とお呼びなさい。私、新しい子は『娘』として登録する主義ですの」
その横でカエルスが、満ちた魂の温度で、苦笑した。
「エリザベート。……君、急に育児に目覚めたのか」
「いいえ、陛下。……育成は、最も利回りの高い投資ですわ」
壇上で泣き伏す王子を背に、エリザベートはE-10000の手を取った。
少女の指は、まだ扇を握ったまま、かすかに汗ばんでいた。
その瞬間、ヴォイド・コアのモニターには、第10001、10002、10003……と、新しい入荷通知が、次々と灯っていた。
通知の列は、画面の下端を越えて、まだ止まる気配がなかった。
女帝の仕事は、どうやら、当分、終わらないらしかった。
もっとも、それを「仕事」と呼ぶかどうかは、これから決めればよいことだった。
女帝、いつの間にか「お母様」枠ですわよ。
この章は、ざまぁの伝承編、いえ、お母様による「ざまぁ教育編」でございますの。
入荷通知はもう三桁を越えておりますから、次はいよいよ引き取り検査。まったく違う性格の妹たちが、続々と面接にまいりますわ。コメディー成分、多めですの。




