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婚約破棄、承りました。ですが私の管理していた「国家予算」「精霊の加護」「魔導防衛網」は全て私有財産ですので、回収させていただきますわね?  作者: 桐谷ルナ


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第57話:女帝の最終判決——出所不明の私を、私が再発行いたします

「セレーネ。……作戦会議ですわ」


 次元中央銀行を出たエリザベートは、ヴォイド・コアの最上階に戻るなり、円卓に四十一人+三人+一機の全員を再招集した。


 壁面の巨大スクリーンには、ファウスト・ヴォイドが提示した「閉店までの残り時間」が、無慈悲に表示されている。


『23:47:32』


「……今から私が提案する案は、宇宙史上、最も無謀な経済改革ですわ。……反対意見、異論、苦情、すべて歓迎いたします。ですが、決定までに使える時間は、十分しかございません」


 エリザベートは、円卓の中央に、新しい設計図を投影した。

 それは、ファウストの「次元中央銀行」を、構造ごと書き換えた——いや、構造そのものを「無くした」、まったく新しい設計図だった。


「次元中央銀行は、宇宙のすべての『物語』を、ファウスト一人が裏書きする中央集権型の銀行でした。……だから、ファウストが疲弊した今、引退者を探さねば、システム全体が崩壊する」


 エリザベートは、設計図の中央を、扇の代わりの手で、すうっと撫でた。

 設計図の中央——本来「頭取の椅子」があるべき場所——には、何も置かれていなかった。


「これからは、頭取を置きません」


「……お嬢様?」


「代わりに、宇宙のすべての魂が、お互いを、ほんの少しずつ、裏書きいたしますの。……皆様の存在を、極微量だけ、『他者の物語の保証』として供出していただきますわ」


 エリザベートは、各点を線で結んだ。

 点と点を結ぶ線が、無数に絡まり、結果として「中央」を持たない、分散型のネットワークになっていく。


「これは、ファウスト・ヴォイド一人の負担を、宇宙全住民で、ほんの一滴ずつ、分担する仕組みですわ。……どなたか一人が破綻しても、全体は揺るがない。……どなたか一人が幸福を享受しすぎても、自動的に他者へ再分配される」


「な……それ、つまり、宇宙全員が、宇宙全員の『融資元』になる、ということ?」


 ルシフェルが、震える声で確認する。


「ええ。……これで『不当利得』も、『不当融資』も、概念ごと消滅いたしますわ。誰かが誰かに、一方的に与えるのではなく、全員が全員に、ほんの少しずつ与え合う」


 円卓の四十一人のエリザベートたちが、静かに、しかし確かに頷いた。

 E-102、E-999、E-514——全員が、自分の魂の極微量を、進んで差し出すことに同意した。

 救出された勇者たち、神々、元・魔王、亡国の王、地獄の門番ケルベロスも、通信越しに合意した。

 待合室で女帝に契約解約を救われた、あの四十三人の元・債務者も、参加を表明した。


「……エリザベート」


 カエルスが、静かに口を開いた。


「私の、魂の半分も、その『極微量』として、供出すべきだろう」


「いいえ、陛下」


 エリザベートは、首を振った。


「貴方の半分は、ファウスト様の机に眠っている、未使用品ですわ。……解体リストラクチャリングの最後に、丁寧に、貴方の元へお返しいたします。……それは、私たち夫婦の、私的な決算ですもの」


 カエルスは、長い間、妻を見つめた。

 そして、ゆっくりと、頷いた。


「……分かった。私は、君の判断を、信じる」


『22:03:18』


「では、皆様。……二十二時間で、新しい宇宙のOSを構築いたしますわよ」


 女帝の宣言と共に、ヴォイド・コア全体が、黄金の演算光に包まれた。


 セレーネとルシフェルが演算の中枢を担い、四十一人のエリザベートが各自の次元から「供出回路」を起動する。

 救出された勇者たちが「中間結節点」となり、神々、魔王、王たちが「分散ノード」として参加する。

 地獄リゾートのケルちゃんは、各次元の魂を一粒ずつ「ご案内」して回った。


 誰も命令しなかった。

 ただ、これまで女帝が一人で背負ってきた重荷を、一人ずつ、自分の意思で、肩代わりしに来たのだ。


 二十二時間後。

 ファウスト・ヴォイドの応接室。


 彼は、いつも通り、紅茶を淹れて、椅子に腰掛けていた。

 壁の油絵を、長い間、見つめていた。

 時計の針が、最後の一分を刻む。


 応接室の扉が、静かに開いた。

 エリザベートが、カエルスの手を取って、入ってきた。


「……間に合いましたわね、ファウスト様」


「ええ。……お待ちしておりましたわ」


 ファウストは、立ち上がり、彼女に応接室の窓を開けて見せた。


 窓の外。

 次元中央銀行のロビーが、急速に、解体されていく。

 大理石の床が、光の粒子となって溶け、長椅子が消え、受付カウンターが消え、ガラス張りのビルそのものが、優雅な蒸発を始めていた。


 しかし、絶望の光景ではなかった。

 ビルが消えた跡には、無数の、極微小な「黄金の点」が、星のように散らばっていた。

 その点は、各次元、各世界、各個人の魂に、一粒ずつ、優しく宿っていく。


 いいえ——各個人「だけ」では、なかった。


 第1世界、リサイクル・スラム。

 道端で「自動靴磨き機の電池」として永遠の屈辱を味わっていた、元・王子ジュリアンの魂にも、極微小な「一粒」が、静かに宿った。

 彼の濁った瞳に、ほんのわずかな光が戻る。

 もう「王子」を名乗ることはない。ただ、彼は、自分の意思で、明日もこの道端で、誰かの靴を磨くことを、初めて自分で「選択」した。


 その隣で、街灯——元・偽聖女リリアンが「永遠の燃料」として燃え続けていた、その小さな炎にも、一粒。

 炎の色がわずかに変わり、初めて、行き交う通行人の夜道を「優しく」照らし始めた。


 地下牢で永遠の懺悔を続けていた、元・大司教ベネディクト。

 彼の祈りの手元にも、一粒。

 彼は、生まれて初めて、信徒からの寄付を「いりません」と言える、震えない喉を、手に入れた。


 次元のゴミ捨て場で待機していた、ザドキエル。原典編纂委員会の元・編集長。観測者。ボイドの管理者。

 彼ら全員にも、一粒ずつ。

 誰も、女帝に「許された」わけでも、「赦された」わけでもない。

 ただ、新しいネットワークの中で、彼ら自身が「自分の保証人」になる権利を、平等に、配布されたのだ。

 そして、その権利を「どう使うか」は——もう、誰の管理にも属さなかった。


 誰か一人が銀行ではなく、全員が、自分自身の銀行になった瞬間だった。


「……お見事ですわ、エリザベート様」


 ファウストは、静かに、深く、頭を下げた。


「私は、後継者を探していたのではなく、後継者を必要としない『新しい構造』を、待っていたのですわ。……三千二百年、ようやく、肩の荷が下ろせました」


 彼は、机の最下段から、銀の箱を取り出した。

 その中の、漆黒の魂の半分を、丁寧に、カエルスに差し出した。


「カエルス様。三年間、お預かりいたしました。……どうぞ、お引き取りくださいませ」


 カエルスは、震える指で、銀の箱を受け取った。

 半分の魂が、彼の胸に静かに溶け込んでいく。

 数千年ぶりに、彼の魂が、ひとつになった。


「……ああ。……温かい」


 カエルスが、初めて、子供のように、笑った。

 半分の魂で愛してきた妻を、ようやく、満ちた魂の全部で愛せる夜が来た。


「ファウスト様」


 エリザベートが、静かに告げた。


「貴方も、ご自身の魂を、新しいネットワークに溶かしてしまわれて構いませんわ。……これからは、誰の管理にも属さない、ただの『一粒』として、宇宙のどこかで、ご休憩なさいませ」


「ええ。……そうさせていただきますわ」


 ファウストは、最後にもう一度、壁の油絵——三千二百年前の、未来の貴女様——を見上げた。


「未来のエリザベート様。……今のエリザベート様が、貴女様の発注を、完璧に書き換えてくださいましたわよ。……どうぞ、もう、退屈で、過去にご注文を送らないでくださいましね」


 油絵の少女が、笑った気がした。

 次の瞬間、ファウストの体は、極微の光の粒子となり、宇宙の全住民の魂に、一粒ずつ、優しく溶け込んでいった。


 応接室には、エリザベートとカエルスだけが、残された。


「……陛下」


「……ああ、エリザベート」


 二人は、長い間、ただ抱き合っていた。

 契約でも、所有でも、融資でもない、ただの夫婦としての時間。

 女帝の覇道で、最も短く、最も価値のあった、二人だけの、ささやかな決算だった。


 数日後。

 ヴォイド・コアの執務室で、エリザベートは、新しい宇宙の利回り報告を眺めていた。

 全ての帳簿が、黒字。全ての魂が、自分自身の保証人。

 もはや、彼女が「裁く」必要のある不当利得は、一つもない。


「平和、ですわね」


「ああ。……ようやくな」


 カエルスが、彼女の隣で、満ちた魂の温度で笑う。


 その時。

 画面の隅に、小さな、見覚えのある通知が、ぽつりと点灯した。


『新規入荷検出:エリザベート・フォン・ローゼンベルク(未登録個体)。発生世界:第10000並行世界。状況:婚約破棄、進行中』


「……あら」


 エリザベートが、初めて、楽しそうに目を細めた。


「ファウスト様の発注書ではなく、ネットワークが、自然に新しい『私』を生成し始めましたのね」


「……どうする、エリザベート」


 カエルスが問う。

 女帝は、扇の代わりに、夫の手を握り、艶やかに笑った。


「決まっておりますわ」


 エリザベートは、立ち上がり、夫の手を取った。

 その瞳には、あの卒業パーティーの夜に見せたものと、寸分違わぬ「捕食者の笑み」が、艶やかに、復活していた。


「あら、第10000世界のジュリアンさん。……今度は何分でへし折られますの?」


 黄金の女帝と、満ちた魂の漆黒の皇帝は、新しい次元の、新しい「私」を迎えに——そして、新しい「ジュリアン」を完封しに——颯爽と、立ち上がった。


 第二部・第一章——『女帝の自己監査編』、完。


 女帝の覇道は、終わらない。

 ただ、今度は「支配する」女帝ではなく、「迎えに行く」女帝として、夫の手と共に。


 そして、第10000世界の卒業パーティー会場では、今この瞬間、見覚えのある銀髪の少女が、見覚えのある王子の前で、震えながら扇を握り締めていた。

 彼女はまだ、知らない。

 二十秒後に、自分の頭上の天井が、誰かの黄金の覇気で、優雅に粉砕されることを。

 第二部・第一章、無事に「決算」を終えましたわ。

 ファウスト様の引退、カエルス様の魂の完全帰還、そして、宇宙全員が宇宙全員の保証人になるという、史上最も平和な独裁の完成。

 ですが、新しい次元で、新しい「私」が、誰の発注書もなく、自然発生していらっしゃる。

 女帝の旅は、ここから、次の章へ続きますわよ。


 次の章では、ファウストの手を離れた宇宙が、誰の発注書もなく自分で生み出してしまった「新しい悪役令嬢」を、女帝が迎えに行きますの。入荷検査は、たいへん厳しゅうございますわよ。


 【ブックマーク】と【☆☆☆☆☆】を、女帝の「次の入荷」への期待として、どうぞ。

 第一章をお読みくださり、本当にありがとうございましたわ。

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