第54話:多次元連合、再集結。私たち全員、同じ口座から融資を受けていた件
「——E-001、E-102、E-514、E-999、E-412、E-823……。本日、ご招集に応じた『私たち』、合計四十一名」
ヴォイド・コア最上階、多次元監査神殿の円卓。
セレーネが、出席者名簿を粛々と読み上げる。
円卓を囲むのは、四十一人の銀髪の少女たち——救出された、各次元のエリザベートたちだ。
主座に座る黄金の女帝エリザベートは、扇を新調することなく、素手のまま、円卓に両手を組んで皆を見渡した。
「皆様、お忙しいところを、申し訳ありませんわ」
その声は、いつもの威圧的な響きではなかった。
経営者ではなく、一人の取引先として、誠実に話を切り出す響きだった。
「単刀直入に、伺います。……ここ三日のうちに、貴女たちのもとに、『監査通知書』は届きましたかしら?」
円卓の少女たちが、一斉に頷いた。
四十一通の同一の通知書が、空中に展開される。
『被監査対象:エリザベート・フォン・ローゼンベルク(E-XXX)。摘要:継続的な不当利得の受領。出所:次元中央銀行・E-001登録口座』
全員、同じ文面。
全員、同じ「融資元」。
全員、同じ「E-001登録口座」——つまり、主座に座る彼女自身の口座から、各次元の「私」たちは「融資」を受けて、生きていたのだ。
「……あら」
E-999、処刑寸前で救出された少女が、静かに口を開いた。
「私たち全員、貴女の口座から、お金を借りていたということ?」
「いいえ。……正確には逆ですわ、E-999」
主座のエリザベートが、ゆっくりと首を振った。
「貴女たちの口座を、誰か……ファウスト・ヴォイドが、勝手に『私の口座』の支店として登録なさっていたの。……つまり、貴女たちが借りていたのではなく、貴女たちを担保にして、私が知らないうちに、私の名義で借金を背負わされていた、ということですわ」
四十一人の誰も、しばらく口を開かなかった。
空中に浮いた通知書の光だけが、それぞれの頬を、同じ色に染めていた。
「……エリザベート様」
E-102、車椅子から立ち上がった毒殺未遂の令嬢が、最初に声を上げた。
彼女の指先は、わずかに震えていた。
「私、最初は、貴女が憎かったのですわ。……『プレミアム原型』として愛され、皇帝に救われ、覇道を歩む貴女が。……私たちが『試作品』だったと知ったとき、私だけが廃棄されかけたのではなく、貴女もまた、別の意味で『使われていた』のだと——分かりました」
「……ええ」
「だから、私から提案させていただきますわ」
E-102は、自分の手元の通知書を、円卓の中央に置いた。
「私たち全員が同じ口座から融資を受けていたのなら、返済も、全員で行いましょう。……私が私の世界で築いた帝国の資産を、極わずかずつ、貴女の口座へ送金いたします。……四十一人で割れば、貴女が一人で背負う額は、四十一分の一になりますわ」
その言葉に、円卓の少女たちが、次々と頷き、自分の通知書を中央に重ねていった。
紙の擦れる音が、四十一回、続いた。
四十一通の通知書の山。
それは、女帝が一人で抱え込もうとしていた、宇宙規模の「自己責任」を、四十一人で割り算した結果の、最も合理的な分散ポートフォリオだった。
「……皆様」
主座のエリザベートが、立ち上がった。
彼女は、四十一人の「自分」を一人ずつ見渡し、深く頭を下げた。
「ありがとう。……『不当利得』も、四十一人で割れば、ただの『相互融資』ですわね」
「ええ。……それに、貴女が『プレミアム原型』だったのは、ファウストの過失で、貴女の罪ではありませんわ」
E-999が、優しく微笑んだ。
「私たちは『試作品』として作られた。ですが、貴女がいなければ、私たちは『試作品』としてすら、存在を許されなかった。……感謝するべきは、こちらですわ」
その時、円卓の端から、青いリボンを胸元に控えめに飾った、最も若い少女が、おずおずと手を挙げた。
「……あの。E-823と、申します」
会場の視線が、一斉に彼女に集まる。
E-823は、明らかに、人前で話すことに慣れていない様子だった。リボンの端を、指先で何度も折り返している。
「私の世界では、貴女のような『女帝』にはなれませんでした。……私はただ、修道院でひっそりと余生を過ごしているだけの、『元・婚約者』ですわ。……でも、四十一人で支え合うのなら、私の小さな預金口座も、お役に立てるかしら?」
「もちろんよ、E-823」
主座のエリザベートが、優しく微笑んだ。
「私たちは、女帝かどうかで、互いの価値を測ったりしませんわ。……皆、同じ顔の『私』ですもの」
別の方向から、目元に深い隈のある、痩せたE-412が、淡々と続けた。
「私の世界では、私の貯蓄が、夫の借金返済のために凍結されていますの。……ですが、新しい仕組みになれば、夫の借金そのものが、消えるはずですわよね?」
「ええ、E-412。……夫を選び直すかどうかは、今度こそ、貴女のご判断ですわ」
その言葉に、E-412は、長い間、何も言わず、ただ、初めて、深く頷いた。
その目元の隈が、ほんのわずかに、薄くなった気がした。
「ですが——」
円卓の端で、これまで黙っていた、片目に眼帯をしたE-514が、静かに口を開いた。
修道院に幽閉されていた、最も多くの傷を負ったエリザベートだ。
「私は、貴女に感謝するのとは、別に、ファウスト・ヴォイドに、一つだけ、伺いたいことがございますの」
「……何かしら、E-514」
「彼が私たちを『試作品』として量産した、その『発注書』は、誰が書いたのでしょう?」
その一言で、円卓の空気が、ぴん、と張り詰めた。
「……ファウストご本人ではなく?」
「いいえ。……ファウスト様は、銀行家ですわ。物語の『脚本家』ではない。発注書がなければ、彼は何も製造できないはずですもの」
E-514の指摘は、的確だった。
ファウスト・ヴォイドは、あくまで「発行する側」。
その上には、「発注する側」が、必ず存在するはずなのだ。
「……セレーネ。アーカイブ・ゼロの最深部に、何か手がかりは?」
「現時点では、不明です。……ですが、ファウスト氏に直接伺うのが、最短経路かと」
その時、円卓の中央に、不意にホログラム通信が割り込んできた。
白髪の紳士、ファウスト・ヴォイド。
彼は、いつものように穏やかに微笑み、四十一人の少女たちに一礼した。
『——お集まりいただいたようで、何より。……皆様、本日は、私の本店『次元中央銀行』に、ぜひお越しいただきたく』
「……何の用かしら」
『「買戻し交渉」でございます。皆様の「不当利得」、いえ、皆様が背負われた「不本意な借入金」につきまして、私からご提案がございます。……ご出席を、心よりお待ちしておりますわ』
通信が切れる。
円卓の少女たちの間に、緊張が走った。だが、主座のエリザベートは、すでに立ち上がっていた。
「行きますわよ、皆様」
「罠だと、お分かりですわよね?」
E-102が、念のため確認する。
主座の女帝は、扇のない手のまま、艶やかに笑った。
「ええ。……ですが、貸し手が『買戻し』を提案してきた以上、債務者として、相見積もりを取りに行く義務がございますわ。……それに、ファウスト・ヴォイドが、私の『後継者』に、私を指名したそうですの。……断る前に、その椅子の座り心地を、確認してきて差し上げませんと」
その言葉に、円卓の四十一人が、一斉に立ち上がった。
女帝の隣には、いつの間にか、自分の足で立ったカエルスが歩み寄っていた。
漆黒の皇帝は、妻に肩を貸されることなく、自分の足で並んだ。
「……陛下。お休みになっていてもよろしいのに」
「いや。君が私の魂を監査するなら、私は立ったままそれを受けたい」
カエルスは、初めて、妻の前で「強がり」を見せた。
半分しか持たない魂の、それでも全部を、彼は妻の隣に置こうとしていた。
「次元中央銀行へ。……『お客様』として、参りましょう」
女帝の宣言と共に、四十一人+三人+一機の魂が、次元の彼方へと跳躍した。
四十一人のエリザベートが「相互融資の輪」を結びました。同じ顔で同じ通知書を持った女子会というのは、なかなか壮観でございますわね。
そしてカエルス様の「立ったままで監査を受けたい」、なんと健気な皇帝でしょう。妻の隣で『被監査対象』として歩ける男、業界最高評価ですわ。
E-514が指摘した「発注書を書いたのは誰か?」——これが、本当の本丸ですの。
次回、女帝はまさかの「客として正面玄関から並ぶ」スタイルですわよ。整列番号券をお楽しみに。




