第39話:概念のM&A:宇宙の法則を「私のルール」で塗り替えましょう
宇宙の最深部、全ての次元の根源たる『アカシック・レコード』。
そこは本来、形を持たない情報の海であったが、今やエリザベートの手によって、整然と並ぶ黄金のサーバーラックのごとき「概念管理室」へと改装されていた。
エリザベートは、空中に浮かぶ「宇宙の基本規約」をスクロールし、不快そうに眉を寄せた。
「――セレーネ。この『熱力学第二法則(エントロピーの増大)』とやら、あまりにも非効率ですわ。エネルギーが一方的に失われ、最後には宇宙が冷え切って倒産(熱的死)するなんて……。誰が書いたか存じませんが、あまりに無責任な経営計画ですこと」
「は。……さらに『因果律』の項も、努力に対する報酬の反映速度が極めて遅く、バグが放置されたままです。……お嬢様、いかがなさいますか?」
「決まっていますわ。……本日をもって、全宇宙の『物理法則』および『概念』を、帝国の独占的特許として登録なさい。……これからは、私の許可なく重力に従うことも、時を刻むことも許しませんわ」
エリザベートが黄金のペンを振るうと、宇宙の根本数式が書き換えられていく。
『存在 = (意思 × 資産)の総和 - 旧物理法則の使用料』
「な、何ということを……! 物理法則は全宇宙の共有財産だぞ!」
虚空から現れたのは、宇宙の自浄作用を司る『根源の守護者』。
形を持たぬ光の巨人が、エリザベートの「改竄」を阻止せんと咆哮する。
「共有財産? ……ふふ、笑わせないで。……管理もされず、ただ滅びを待つだけの法則に、何の価値がありまして? ……本日より、『重力』も『慣性』も、そして『死』という概念すらも、私のサブスクリプション・サービスに移行いたしますわ」
「バカな……! 存在そのものに利用料を課すというのか!?」
「ええ。私のルールに従わぬ不届き者には、一秒たりとも『存在』することを認めません。……守護者さん、貴方の『存在維持ライセンス』、たった今有効期限が切れましたわ。……更新料として、貴方の持っている『全次元の座標データ』を没収させていただきます」
エリザベートが指を鳴らした瞬間、カエルスが巨人の「存在理由」を切り裂いた。
カエルスの剣は、もはや物質を斬るものではない。
「そこにあるべき理由」を債権として回収し、相手を「無」へと強制送還する、究極の経済執行である。
「――私の妻が『有料』だと言えば、空気すらも資産に変わる。……無許可で呼吸した罪を、その身で償え」
巨人は断末魔のノイズを上げ、宇宙の「古いデータ」として消去されていった。
「……さて。……これで宇宙の『規約』は、私の美学と一致しましたわ。……セレーネ、全次元の住民に通知しなさい。……『明日より、善い行いをした者には幸福の利息を。悪をなした者には、存在そのものに重加算税を課す』と」
黄金の女帝が宇宙のOSを掌握した瞬間。
星々の瞬きさえもが、彼女の「資産」を祝福する鼓動へと変わった。
重力を有料サービスにしたのは、少し傲慢でしたかしら。
ですが、誰の許可も得ずに存在していた法則のほうが、よほど図々しいですわ。
これで下ごしらえは終わり。全次元が、同じ台帳の上に乗りました。




