第33話 裁き
【前回までのあらすじ】
クラウスが冷やしきった浅瀬の氷に、リーゼが熱い土をのせた。氷は割れ、魔物は向こう岸へ逃げた。
渡し場の村は、一軒もこわされなかった。
魔物が去って、十日後。
王宮から、また、呼び出しが来た。
王の道を、三日。
雪どけの水で、大河は、もう、ごうごうと流れていた。氷の橋も、半分は、とけかけていた。
「春には、川に戻るな」
クラウス様が、馬車の窓から、とけていく橋を見て言った。
「はい。また、冬に」
◇
謁見の間には、この前と同じ人たちがいた。
陛下。王妃様。
レーヴェンタール。
ブラント商会の会頭、ヴィクトールさん。
そして、ヴィクトールさんのとなりに、明るい金色の髪の、若い男の人。
秋の夜会で、私の手を取った、商会の跡取りだった。
あのときの、にこにこした丸い目は、どこにもなかった。
顔が、まっさおだった。
「裁きを言いわたす前に」
陛下が言った。
「ブラント商会の跡取りが、自分から、話をしに来た。……申せ」
跡取りの人は、ひざをついた。
「北の、渡し場の村の畑に、塩をまいたのは、うちの者です」
ヴィクトールさんが、目を見ひらいた。
「父に、命じられて。北へ運ぶはずだった、一年分の塩を、荷車三台で。……わたしが、案内しました」
跡取りの人の声が、ふるえた。
「北の畑がなくなれば、北は、また、うちから買うしかなくなる。そう、父は言いました」
跡取りの人は、床に、額をつけた。
「申しわけ、ございませんでした」
◇
陛下は、しばらく、何も言わなかった。
それから、ゆっくりと、口をひらいた。
「ひとつ。峠の関所の権利は、レーヴェンタール家から取りあげ、王家が預かる。荷の調べは、王家の役人が行う」
レーヴェンタールの肩が、がくりと落ちた。
王妃様は、まっすぐ前を見たまま、兄のほうを、一度も見なかった。
「ひとつ。レーヴェンタール家は、四十年のあいだ、関所の荷の調べを商会にまかせ、北の荷を止めさせ、その見返りを受けとっていた。その分を、北の公爵家と、北の村々に返すこと」
「ひとつ。ブラント商会は、毒の袋で、王都の貴族の娘を倒れさせ、その罪を、北の茶にかぶせた。北の畑に、塩をまいた。会頭ヴィクトールは、牢に入れる。商会は、店をたたむこと」
ヴィクトールさんの丸い顔から、すとんと、表情が消えた。
「……陛下」
ヴィクトールさんが、かすれた声で言った。
「北の公爵夫人が、あの秋、うちの薬草畑に……もとのハーヴェル家の畑に、一度、手を置いてくだされば。毒も、塩も、いらなかった。誰も、損をしなかったのです。北も、南も、うちも」
私は、何も言わなかった。
かわりに、陛下が、静かに言った。
「その『一度』のために、そなたは、娘を一人倒れさせ、村の畑に塩をまいた。……誰も損をしなかった、と。倒れた娘と、畑を白くされた村の者の前でも、同じことが言えるか」
「跡取りは、自分から話した。罪は軽くする。だが、北の村で、三年、畑の仕事をすること」
跡取りの人が、顔を上げた。
「渡し場の村の、村長に、あずける」
――村長さん。
私は、思わず、クラウス様を見た。
クラウス様は、少しだけ、口のはしを上げていた。
村長さんなら、きっと、三年、みっちり、がれきを運ばせるだろう。
◇
「そして」
陛下は、私のほうを向いた。
「ひとつ。大河ぞいの、王の道は、王家と、北の公爵家の道とする。冬ごとに、北の公爵とその妻が道をつくり、王家は、その道を通る荷を守る。通行料は、取らぬ」
広間が、ざわめいた。
「土の手を、王家があずける話は、なしだ」
陛下は、レーヴェンタールを、ちらりと見た。
「魔物の夜のことは、聞いた。土の手は、王都の畑より、北の川のほとりにあるほうが、国のためになる。……本人も、そう言っていたな」
私は、深く、頭を下げた。
◇
「最後に、ひとつ、聞いておきたい」
陛下が言った。
「ブラント商会は、ハーヴェル子爵家から、薬草畑を、借金のかたに取りあげていた。商会がつぶれれば、あの畑は、王家のものになる」
陛下は、私を見た。
「リーゼ・ヴァルトシュタイン。そなたは、あの畑を、どうしたい」
広間じゅうの目が、私に集まった。
ヴィクトールさんの、すがるような目も。
あの畑に、私が手を置けば。
十年、私の土が運ばれていった畑は、また、生きかえる。
私は、首をふった。
「陛下。あの畑は、ミレイユに、あずけてください」
広間のうしろで、誰かが、小さく息をのむ音がした。
ふり返ると、壁ぎわに、ミレイユが立っていた。
袋を届けた者として、また、呼ばれていたのだ。
「私は、もう、あの畑に、手を当てには行きません」
私は、陛下に向きなおった。
「ふつうの土で。ミレイユのやり方で、やってみてほしいんです。……あの子は、手がなくても、十二のお家を、一軒ずつ、回れた子ですから」
陛下は、壁ぎわのミレイユを見た。
「ミレイユ・ハーヴェル。どうする」
ミレイユは、しばらく、動かなかった。
それから、前に出て、ひざをついた。
「……ふつうの土で、やってみます」
声が、ふるえていた。
「ふつうの麦が、ふつうに、とれるまで。何年かかっても」
◇
謁見の間を出ると、廊下の窓から、春の光が、さしこんでいた。
ミレイユは、私とすれちがうとき、何も言わなかった。
ただ、一度だけ、頭を下げた。
私も、何も言わなかった。
それで、よかった。
「リーゼ」
クラウス様が、私の手を取った。
手袋を、していなかった。
「帰ろう。北へ」
「はい」
王の道の、氷の橋が、すっかりとけてしまう前に。
次回、第二部最終話「春の王の道」。
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