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第32話 くっつけない、ふたつの手

城のほうから、たいまつの列が、近づいてきた。


ハンスさんと、アンナと、料理長。

城の人たちが、荷車を引いて、石を運んできたのだ。


「旦那様! 石が足りぬと聞いて、城の古い石垣を、くずしてまいりました!」


城のまわりをかこむ、何百年も前の石垣。

それを、城の人たちが、夜のうちに、自分たちの手で、くずしてきたのだ。


ハンスさんが、息を切らしていた。

いつも、どんなときでも走らない、ハンスさんが。


料理長は、大鍋を、荷車ごと引いてきていた。


「腹がへっては、戦はできませんからな!」


城の石は、氷の上ではなく、岸ぞいに、運ばれていった。


村長が、シャベルをかついで、どなった。


「土手は、わしらがつくる! 奥様は、氷のほうを!」


氷の上のがれきは、氷を割るためのもの。

岸の石は、割れたあとにあふれてくる水と氷から、村を守る土手にするためのもの。


村の人たちと、城の人たちが、岸ぞいに、石を積みあげていく。

そのすきまに、畑のふちから掘ってきた、黒い土を、シャベルで、つめこんでいく。

私の土は、冬でも、凍らない。


夜じゅう、クラウス様は、氷を冷やしつづけた。

岸では、土手が、少しずつ、高くなっていった。


塀の向こうで、魔物たちが、氷をひっかく音がした。

ぎい、ぎい、と、体にひびく音。


真夜中をすぎたころ、クラウス様の右手が、白くなりはじめた。


霜が、手首まで、のぼってきている。


「クラウス様」


「……大丈夫だ」


大丈夫ではなかった。


九年前と同じだ。

冷やせば冷やすほど、手を使う。使いすぎれば、また、自分の氷で凍える。


私は、右手を、がれきの線に、ついたまま。


左手で、クラウス様の左手を、にぎった。


「――!」


クラウス様が、私を見た。


私の右手の下のがれきは、まだ、つめたい。

でも、私の手は、あたたかかった。

そのあたたかさが、左手から、クラウス様の手に、流れていく気がした。


クラウス様の手首の霜が、すうっと、とけていった。


二年近く前、厨房で、王都からの手紙を聞いた日に、思った。

――この人と、手をつないだら。


「……つないだまま、行きましょう」


私は、言った。


「クラウス様が、冷やす。私が、あたためる。手をつないだまま、二人で」


クラウス様は、私の手を、強くにぎりかえした。


「ああ」


◇


空が、白みはじめた。


最初の氷の塀の向こうは、浅瀬の向こう岸まで、魔物で、まっ黒だった。


塀が、ぎしり、と鳴った。

まんなかに、ひびが入っている。


浅瀬の氷は、もう、白くくもりきって、ガラスのように、ぴしぴしと鳴りつづけていた。


「リーゼ」


クラウス様が、言った。


「今だ」


私は、右手に、ありったけの力をこめた。


がれきが、ほどける。


黒い、熱いくらいの土になって、私の手から、右へ、左へ、線にそって、走っていく。

湯気が、ふきあがった。


――ぱき。


小さな音。


それから。


ぱきぱきぱきぱきっ、と、土の線にそって、氷に、まっすぐ、ひびが走った。


ひびは、塀の足もとを走りぬけて、浅瀬のはしから、はしまで、とどいた。


そこから、ひびが、枝わかれした。

冷えきった氷のすみずみまで、くもの巣のように、広がっていく。


ごう、と、足もとが鳴った。


浅瀬の氷が、まっぷたつに、割れた。


割れめから、黒い水が、ふきだした。

氷のかたまりが、ぐらりとかたむいて、魔物たちの足もとが、くずれていく。


悲鳴のような声をあげて、群れが、向こう岸へ、にげだした。


私たちの足もとの氷も、ぐらりと、かたむいた。


クラウス様が、私の腰をかかえて、岸へ走った。


割れめからふきだした水が、くだけた氷のかけらをのせて、低い村の岸へ、あふれてくる。


岸には、村の人たちが、夜どおし積みあげた、黒い土手が、待っていた。


私たちが、そのてっぺんに、とびうつったのと、同時だった。


水と氷のかけらが、どん、どん、と、土手にぶつかって、止まった。


村には、水も、氷も、ひとかけらも、入ってこなかった。


◇


夜が、明けた。


渡し場の浅瀬は、黒い水が、ゆっくり流れる、ただの川に、戻っていた。


川底に沈んだ、あたたかい土のせいで、その冬、浅瀬は、もう、凍らなかった。


魔物たちは、向こう岸で、二日、うろうろしていた。


三日目の朝、大河の上のほうの氷も、ぴしぴしと音を立てて、割れはじめた。


雪どけの水が、山から下りてきたのだ。


魔物たちは、黒い森へ、戻っていった。


最後の影が、森に消えたとき、村の人たちが、いっせいに、声を上げた。


◇


私は、土手の上から、村をふり返った。


家は、一軒も、こわれていなかった。

畑も、一枚も、ふまれていなかった。


塩をまかれて、私がつくりなおした、十九枚の畑。

そして、いちばん奥の、最初の畑。

黒い畑のあちこちで、カブの葉が、青く、ゆれていた。


クラウス様が、私のとなりに立った。


長いこと、何も言わなかった。


それから、ぽつりと言った。


「……守れた」


その声が、少しだけ、ふるえていた。


九年前、守りきれなかった村。

がれきの山になって、七年、誰も帰れなかった村。


その村を、今度は、一軒も、こわさずに。


私は、クラウス様の手を、もう一度、にぎった。


クラウス様の手は、あたたかかった。

次回、「裁き」。王宮から、陛下の裁きが届きます。


マジで☆何個でもいいので、つけてください!

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