第31話 九年ぶりの冬
王の道を三日で走って、北の城に戻ってから、十日。
冬のおわりだった。
この冬は、いつになく、寒かった。
雪も、多かった。冬のおわりだというのに、城のまわりには、まだ、ひざまで雪が残っていた。
大河は、ほかでは流れが速いのに、渡し場のところだけ、川はばが広がって、浅く、ゆっくりになる。
渡し場の浅瀬は、魔物の重さにもたえるほど、厚く凍りついていた。
あとで考えれば、それが、いけなかったのだ。
その夜、私は、城の部屋で、クラウス様とお茶を飲んでいた。
扉が、はげしくたたかれた。
「旦那様!」
ハンスさんの声だった。
「渡し場の、夜の見張りから、早馬です。向こう岸に――」
ハンスさんは、そこで、言葉を切った。
「魔物の群れが」
◇
塩の畑のあと、渡し場の村では、毎晩、見張りを立てていた。
その見張りが、見たのだ。
大河の向こうの、黒い森から、何百もの影が、岸に出てくるのを。
九年前は、夏だった。
冬に来たことは、一度もなかった。
でも、厚く凍った浅瀬は、魔物の重さにも、たえられる道になっていた。
九年前と、同じ浅瀬。
クラウス様は、馬に飛びのった。
「リーゼ。君は、城に残れ。魔物のいるところへは、連れていけない」
「いえ、行きます!」
私は、クラウス様の手をつかんで、そのうしろに乗った。
「あそこには、村の人たちと、村の畑があります」
クラウス様は、一瞬だけ、私を見て。
それから、馬の腹をけった。
◇
渡し場の村に着いたとき、向こう岸は、黒くうごめいていた。
凍った浅瀬の上を、先頭の影が、もう、こちらへ渡りはじめていた。
「村の者を、城下へ逃がせ!」
クラウス様が、どなった。
でも、村長は、首をふった。
「逃げません!」
村長のうしろに、村の人たちが、ずらりと並んでいた。
手に手に、荷車の取っ手と、シャベルをにぎって。
「九年前は、逃げた。帰ってきたら、何もなかった。……今度は、逃げません。旦那様の、手伝いをします」
荷車には、王の道づくりで残った、石と、がれきが、山のように積んであった。
クラウス様は、何か言いかけて、やめた。
かわりに、凍った浅瀬に、右手をかざした。
――ぴしり。
浅瀬のまんなかに、こちらの岸とならんで、胸くらいの高さの、氷の塀が、ひと筋、のびた。
魔物の通り道を、横から、ふさぐように。
先頭の影が、それにぶつかって、足を止める。
うしろの群れが、次々に、氷の上へ出てきて、塀の向こうに、黒くたまっていく。
「長くは、もたない。夜明けまでだ」
クラウス様は、浅瀬の手前の岸に、しゃがんだ。
九年前、クラウス様は、一晩で、浅瀬の手前の川を凍らせて、塔ほどの氷の壁を立てた。
そして、そのあと、七年、眠れなくなった。
クラウス様の右手が、川のほうへ、ゆっくり持ちあがった。
九年前と、同じことを、しようとしている。
「クラウス様」
私は、その手を、上からおさえた。
「壁は、いりません。浅瀬の氷を、割りましょう」
「……割る?」
――土と氷は、くっつけない。
雪見村のおばあ様の言葉。
王の道では、いつも、石を一列はさんで、私の土と、クラウス様の氷を、はなしてきた。くっつければ、氷が、溶けてしまうから。
私は、クラウス様の目を見た。
「今夜は、くっつけます」
「……溶けるぞ」
「溶かしたいんです」
◇
「冷えきった茶わんに、熱いお茶を注ぐと、割れます」
厨房で、一度、やってしまったことがあった。
「クラウス様は、浅瀬の氷を、冷やせるだけ、冷やしてください。冷えきった氷は、かたいけど、もろい。そこへ、私が、いっきに、熱い土をのせます」
クラウス様は、浅瀬と、塀の向こうにたまっていく黒い群れを、見くらべた。
「……群れが、いちばん多く乗ったところで、割る」
「はい」
「冷やすのは、夜明けまでかかる」
「最初の塀が、夜明けまで、もちます」
クラウス様は、しばらく、黙っていた。
それから、村長のほうを、ふり向いた。
「がれきを、氷の上に、ならべてくれ」
「……氷の上に、ですか」
クラウス様は、最初の氷の塀を、指さした。
「あの塀の、すぐ手前に。塀とならべて、横一列に」
村長の顔色が、変わった。
「旦那様、氷を割ったら、水が押しよせます! この村は、川より低いんです。昔から、春に氷が割れる日は、畑まで、水が来ました」
クラウス様は、荷車の山を見た。
がれきは、氷の上にならべる分で、ほとんど、なくなる。
「城へ、走らせろ。石なら、城にある。岸に、土手を積む」
村長がうなずくと、ペーターくんが、雪の中を、城のほうへ、かけだしていった。
◇
村の人たちが、荷車を押して、凍った浅瀬の上へ出ていった。
塀の向こうで、魔物たちが、うなり声をあげる。
それでも、誰も、足を止めなかった。
がれきが、どさり、どさりと、氷の上に落とされていく。
塀にそって、浅瀬のはしから、はしまで。
一本の、黒い線。
クラウス様は、氷の上を、がれきの線のまんなかまで歩いていって、両手をついた。
私も、そのとなりに、しゃがんだ。
――ぴしり。
氷が、白く、くもった。
ぴし、ぴし、と、氷の中で、小さな音が鳴りはじめる。
吐く息が、凍って、落ちた。
マジで☆何個でもいいので、つけてください!




