第29話 王宮からの手紙
【前回までのあらすじ】
王の道を通って、北の荷が、三日に一度、王都の市場へ届くようになった。エルマーは、北の薬草を、王宮の薬師の分として買いとった。
南の小さな麦の問屋も、関所を通らないこの道で、北へ麦を運びはじめた。三日に一度の市場の売り上げで、北は、先々代からの秋の借金を、この春、はじめて返しきれる。
城の食卓に、厚いパンが戻ってきた。
今回は、王宮から、手紙が来ます。
春の近い朝だった。
軒の氷柱から、しずくが、ぽたぽたと落ちていた。
私は、窓辺のレモンバームに、水をやっていた。
母の種から育てた株。冬のあいだに、葉が、三枚ふえた。
中庭で、馬の音がした。
◇
市場から戻ってきた、トマさんの荷車だった。
荷台は、からっぽ。
そのうしろに、もう一頭、馬がついていた。
乗っていたのは、王家の紋の入った、青いマントの人だった。
「王宮の、お使いです」
トマさんが、荷台から飛びおりて、言った。
「王都の門で、荷車のうしろに、つかせてくれと」
お使いの人は、馬からおりると、私とクラウス様に、深く頭を下げた。
それから、革の筒を、両手でさしだした。
◇
執務室で、ハンスさんが、筒をあけた。
中から出てきたのは、二枚の紙だった。
一枚めの封には、赤い蝋。王家の紋。
ハンスさんは、ペーパーナイフで、封を切った。
読みはじめて、ハンスさんの手が、止まった。
「……読み上げます」
ハンスさんの声は、いつもより、低かった。
『北の公爵夫妻は、王宮に参ること。
土の手を、王家があずかる件について、話を聞く』
執務室が、しんとした。
秋に、エルマー様の手紙で読んだ言葉だった。
あのときは、レーヴェンタールが、王宮で言いはじめた話にすぎなかった。
今は、王家の紋の下に、書いてあった。
◇
「もう一枚は」
クラウス様が、言った。
ハンスさんは、二枚めをひらいた。
侍従の名で書かれた、添え書きだった。
『この件の申し出は、レーヴェンタール卿より。
夫人は、このまま王都に住むものとして、荷をまとめること。
王都の館は、王家が用意する』
ハンスさんは、そこで、読むのをやめた。
まだ、一行、残っていた。
「ハンス」
「……はい」
ハンスさんは、紙を見ずに、言った。
『北へは、公爵様おひとりで、お帰りいただく』
◇
ぱきり、と音がした。
クラウス様の手の中で、一枚めの紙が、まっ白に凍っていた。
赤い蝋に、ひびが入った。
「断る」
「旦那様」
ハンスさんが、首をふった。
「陛下のお呼びでございます。断れば、北は、王家にそむいた家になります」
「なら、俺ひとりで行く」
窓のそばに立っていた、お使いの人が、小さく言った。
「……おふたりで、と、うかがっております」
クラウス様の足もとから、床に、霜が走った。
扉のところまで、まっすぐに。
◇
私は、自分の手を見ていた。
爪の中に、きのう、畑をおこした土が、残っていた。
ハンスさんが、帳面を、閉じた。
閉じてから、もう一度、ひらいた。
きのうの夜、書きこんだばかりの頁だった。
市場の売り上げ。
麦の代金。
春までに返す、借金の残り。
「三日に一度の荷車は」
ハンスさんは、帳面の上に、手を置いた。
「カブも、豆も、薬草も、奥様の土でとれたものでございます」
ハンスさんは、帳面の数字を、指でなぞった。
「奥様が王都に残られれば、北の畑は、三年で、ただの土に戻ります。荷車は止まり、借金も、返せなくなります」
ハンスさんは、それきり、何も言わなかった。
◇
夕方、私は、渡し場の村の畑まで、そりで行った。
雪野原の中で、そこだけ、雪のない、黒い土。
しゃがんで、手を当てた。
あたたかかった。
ハンスさんの言うとおりだった。
この村の畑も。城の畑も。
私が手を当てなければ、三年で、ただの土に戻る。
畑のはしで、村長が、こっちを見ていた。
もう、うわさが、来ていた。
「奥方」
村長は、帽子を、両手でにぎっていた。
「……王都へ、行かれるんで」
私は、返事をしなかった。
かわりに、土を、ひとにぎり、すくった。
指のあいだから、ぽろぽろと、こぼれた。
◇
その夜、私の部屋に、アンナが、大きなトランクを二つ、運んできた。
「王都に住む支度を、しておけと、言われましたので」
アンナは、目をふせたまま、言った。
二つとも、からっぽだった。
服も、本も、冬の外套も、ぜんぶ入るくらいの大きさだった。
私は、しばらく、それを見ていた。
それから、一つめのトランクに、着がえを、三日分だけ入れた。
母の種の袋を、ひとつ。
ハンスさんの帳面の、写し。
それだけで、ふたを閉じた。
二つめのトランクは、からっぽのまま、アンナに返した。
「これは、いりません。王都には、住みませんから」
アンナが、顔を上げた。
扉のところに、クラウス様が立っていた。
いつから、いたのか、わからなかった。
クラウス様は、私のトランクを見て。
それから、返された、からっぽのトランクを見た。
「……三日分か」
「王都まで、三日です。話をして、帰ってきます。それだけの荷です」
クラウス様は、何か言いかけて、やめた。
扉の枠に、白い霜が、うすく広がっていた。
あずかる、は、もう、レーヴェンタールひとりの言葉ではありませんでした。
次回、「私が言います」。第二部の山場です。
☆何個でもいいので、つけてください!




