第28話 真冬の市場
【前回までのあらすじ】
崖の下の百歩は、クラウスが五日かけて、氷の棚でつないだ。ふた月かけて、王の道ができた。
最初の荷車は、峠も関所も通らずに、三日で王都に着いた。真冬の市場に、人が山のように集まった。
ミレイユからは、男爵家で見つけた「見本の袋」と、知らない南の草のにおいの葉が届いている。
今回は、二人で、王の道を南へ。
二台めの荷車には、私とクラウス様も、乗った。
城を出て、大河ぞいに、南へ。
一日め。渡し場の村をすぎて、川ぞいの、小さな村で泊まった。
宿のおかみさんが、私の手を見て、言った。
「道の、奥様だね」
夕飯のスープには、カブが、三つも入っていた。
二日め。支流の氷の橋を、七つ渡った。
橋のたもとで、子どもたちが、荷車に手をふっていた。
三日め。崖の下の百歩。
氷の棚は、まだ、すきとおったまま、そこにあった。
荷車が渡るあいだ、クラウス様は、棚から目をはなさなかった。
その日の夕方、王都の門が見えた。
◇
王都の東の市場は、朝から、人でいっぱいだった。
トマさんが、荷台のおおいを、はずした。
カブ。豆。青い葉もの。
それから、摘みたての薬草。
まわりから、ため息のような声が、上がった。
「冬に、青い葉っぱ……」
最初に買ったのは、腰のまがった、おばあさんだった。
葉ものを、ひと束。
おばあさんは、葉を一枚ちぎって、その場で、かじった。
「……冬に、生の葉っぱを食べたのは、娘のころ以来だよ」
おばあさんは、銅貨を、もう一枚出した。
「もうひと束。孫の分だ」
◇
昼前には、荷台の半分が、なくなっていた。
パン屋のおかみさんが、カブを、袋いっぱい。
宿屋の料理人が、豆を、樽ごと。
人がふえるたびに、トマさんの声が、大きくなった。
「押さないで! まだ、あります! また、来ます!」
それを聞いて、まわりの人たちが、笑った。
「次は、いつだい」
「三日あとです。それからも、三日に一度」
トマさんは、胸をはった。
「峠を、通らないので」
◇
薬草のかごの前に、白いひげの人が、立った。
エルマー様だった。
うしろに、王宮の薬師の若い人たちを、三人、つれていた。
「この薬草を、ぜんぶ」
市場が、しんとした。
北の薬草茶で、貴族の娘が倒れた。そのうわさは、王都の人たちも、知っていた。
エルマー様は、まわりを見まわして、それから、大きな声で言った。
「王宮の薬師が使う。今日の分も、三日あとの分も、ぜんぶだ」
若い薬師たちが、かごを、ひとつずつ、かかえていった。
◇
その日の夕方。宿の部屋に、客が来た。
南の、小さな麦の問屋の人たちだった。
全部で、七人。
いちばん年かさの、問屋のおじいさんが、帽子を、両手でにぎっていた。
「公爵様。わしらの荷を、あの道で、北へ運ばせてもらえませんか」
おじいさんは、峠の関所で、何度も荷を止められたと言った。
北へ売りに行こうとすると、いつも、関所の調べで、何日も待たされる。そのあいだに、ブラント商会の荷だけが、先に通っていく。
「北に麦を売れるのは、ブラントさんの店だけ。……もう、何年も、そうでした」
クラウス様は、少し、首をかしげた。
「道は、誰が通ってもいい」
おじいさんは、ぽかんと、口をあけた。
「……通り代は」
「とらない。荷の調べもない」
うしろの六人が、顔を見あわせた。
おじいさんの帽子が、くしゃっと、つぶれた。
「なら、北へは、ブラントさんの店の、三分の一で売れます。……去年までの、もとの値です」
◇
帰り道は、麦の荷車が、うしろに、四台、つづいた。
城に着いた夜。
ハンスさんは、執務室で、帳面に、ペンを走らせていた。
私は、横から、のぞきこんだ。
秋 ブラント商会から 麦 480
今日 問屋から 麦 160
同じ量の麦が、3分の1の値。
麦の値が、もとに戻った。
秋から、カブと豆でうめてきた分も、今日の麦で、もとに戻る。
ハンスさんは、ペンを置いた。
「今日の160は、市場で、カブと豆と薬草を売った金で、払えてしまいました」
「秋の買いつけの借金は、先々代様のころから、春になっても、返しきれたことがございませんでした」
ハンスさんは、帳面の上に、両手をついた。
「三日に一度、この売り上げが入れば。……この春、はじめて、返しきれます」
ハンスさんは、それきり、何も言わなかった。
クラウス様が、ハンスさんの肩に、手を置いた。
◇
その夜の食卓に、焼きたてのパンが、出てきた。
秋からずっと、料理長は、パンを薄く切っていた。向こうがすけて見えるくらいに。
その夜のパンは、指二本ぶんの、厚さだった。
「料理長、これ……」
「麦が、戻ってきたんでね」
料理長は、そっぽを向いて、鼻をこすった。
アンナが、パンを、両手で持って、かぶりついた。
ハンスさんも、トマさんも。
クラウス様は、パンを、半分にちぎった。
大きいほうを、私の皿に、のせた。
「君の道だ」
「二人の、です」
クラウス様は、少しだけ、笑った。
それから、自分の小さいほうを、大事そうに、食べた。
料理長のパンは、ずっと、薄かったのです。
次回、「王宮からの手紙」。
☆何個でもいいので、つけてください!




