第27話 最初の荷車
【前回までのあらすじ】
クラウスが北の村々を回って話をつけ、冬のいちばん寒い月に、王の道づくりがはじまった。
村の人たちが雪にみぞを掘り、リーゼが昔の土を起こし、クラウスが支流に橋を、崖の下に棚をかける。
フィンも、道に残った小さながれきのかたまりを、ひとつずつ土にしていった。
今回は、ひと月目からのお話です。
道づくりが、ちょうどひと月になったころ。
城から、ハンスさんの使いが来た。
手紙と、小さな包みを、持っていた。
ミレイユからの、二通めの手紙だった。
『お姉様へ
男爵家のお嬢様のことを、聞きました。
あのお家も、十二家のひとつです。前に、二度、おわびにうかがって、二度とも、門の前で帰されたお家です。
三度目に、うかがいました。
奥様には、会っていただけませんでしたが、お嬢様つきの侍女さんが、裏口で、話を聞いてくれました。
お嬢様が倒れた日のお茶は、北から届いたものではなかったそうです。
その前の週に、ブラント商会の人が、「北の雪の茶の見本です」と言って、置いていった袋だったそうです。
侍女さんは、こわくて、その袋の残りを、捨てられずにいました。
わたしが、ゆずってもらいました。
袋は、エルマー様にお届けしました。
この包みは、袋から、少しだけ分けたものです。
わたしにできるのは、これくらいです。
ミレイユ』
包みをひらくと、乾いた葉が、ひとつまみ、出てきた。
私は、においを、かいだ。
カモミール。ミント。
それから、ほんの少し。
北の畑には、一本も生えていない、苦い、南の草のにおい。
「……ちがう」
私は、クラウス様を見た。
「これ、私のお茶じゃありません」
◇
その夜、クラウス様は、包みの葉を、もう一度、においをかいでから、布にくるんだ。
「エルマー殿が、調べてくれている。答えが来るまでは、道だ」
「……はい」
「王都までつながれば、荷は、関所を通らない。商会が、どんな見本を置いていっても、北の茶は、北の荷車で、まっすぐ王都へ届く」
クラウス様は、地図をひろげた。
城から、南へ。
道は、地図の上で、もう、半分まで、黒い線になっていた。
その先に、クラウス様が、指を置いた。
「ここが、いちばん、むずかしい」
◇
崖は、大河の岸から、まっすぐ、そそり立っていた。
その下を通っていたはずの、昔の王の道は、なくなっていた。
崖がくずれて、道ごと、川に落ちたのだ。
崖のすぐ下は、もう、大河の水だった。
道しるべの石だけが、崖の手前と、ずっと先に、ぽつんと、残っていた。
あいだは、百歩。
「棚を、百歩ぶん、つなぐ」
クラウス様が、崖の下の、川のふちに、しゃがんだ。
――ぴしり。
川の上に、氷の棚が、のびていく。
十歩。二十歩。
そこで、クラウス様の手が、止まった。
手袋の上に、白い霜が、うっすらと、ひろがっていた。
「クラウス様」
「……長い」
クラウス様は、手を、川から上げた。
「短い橋を、いくつもつくるのとは、ちがう。ひとつながりの氷は、長くなるほど、重い」
止めるための氷と、同じ重さだった。
その夜、宿の部屋で、クラウス様の手は、朝になっても、冷たいままだった。
私は、ひと晩じゅう、その手を、両手で包んでいた。
あと、八十歩。
同じことを、あと四日つづけたら、どうなるのか。
地下室で、手が血だらけになっても、土をつくりつづけた夜のことを、思い出していた。
◇
つぎの朝、クラウス様は、また、崖の下にしゃがんだ。
「今日は、休んでください」
「休んだら、荷車が、春まで通れない」
――ぴしり。
二十歩。
その夜も、手は、冷たいままだった。
私は、また、両手で包んだ。
三日目は、十五歩で、手が止まった。
私は、棚のはしに、毛布をかかえて、座っていた。
クラウス様の手が止まるたびに、その手を、毛布ごと、私の胸に、押しあてた。
少しあたたまると、クラウス様は、また、川に手をついた。
四日目の夜、クラウス様は、宿の寝台に入るなり、眠った。
手袋のまま。
私は、手袋を、そっと、ぬがせた。
指の先が、白く、かたくなっていた。
◇
五日目の夕方。
――ぴしり。
氷の棚のはしが、向こうの道しるべの石に、とどいた。
クラウス様は、しばらく、しゃがんだまま、動かなかった。
それから、ふり返って、うしろの荷車の列に、手を上げた。
村長が、いちばん前の荷車を、押して、棚にのせた。
氷が、少し、きしんだ。
荷車は、そのまま、百歩を、渡りきった。
フィンくんが、雪見村の若い人たちと、声をあげて、走っていった。
クラウス様は、立ちあがろうとして、よろけた。
私は、その腕を、肩でささえた。
◇
道づくりは、ふた月かかった。
城から、大河ぞいに、南へ。
雪の中に、黒い土の帯と、すきとおった氷の橋が、とぎれずに、つながった。
最初の荷車が城を出たのは、冬のおわりの近い、凍った朝だった。
御者は、トマさん。
荷台には、渡し場の村の、冬のカブと豆。
それから、私の土で育てた、摘みたての薬草。
峠は、通らない。
関所も、通らない。
四日後の夕方、早馬が戻ってきた。
『王都に着いた。
三日。
カブも、薬草も、とれたてのまま。
真冬の市場で、人が、山のように集まった。
トマ』
城の大広間で、ハンスさんが、その手紙を読みあげると、わっと、声が上がった。
料理長が、ハンスさんの背中を、ばんばんたたいた。
アンナが、私に、だきついてきた。
フィンくんは、雪見村の若い人たちに、かたぐるまをされていた。
クラウス様が、私のとなりに来た。
「見に行くか」
「どこへ、ですか」
「王都の市場だ。君の土が、どこへ行くのか」
私は、自分の手を見た。
爪のすきまに、王の道の、黒い土が、まだ残っていた。
「……はい」
ミレイユなりの、精いっぱいです。
次回、「真冬の市場」。二人で、王の道を、南へ。
☆何個でもいいので、つけてください!




