第26話 二つの手の道
【前回までのあらすじ】
雪見村からの帰り道、リーゼは昔の王の道の土を十歩ぶんつくりなおし、クラウスは支流に氷の橋をかけた。
雪は土の上だけ溶けて、馬そりは、すべるように走った。「止めるための氷」ではない氷は、クラウスの手に、軽かった。
城の地図の点をたどれば、北から王都まで、雪の冬でも三日の道になる。
今回は、北のみんなで、道をつくります。
雪見村から帰って、クラウス様は、北の村々を、一つずつ回った。
峠を通らない道を、大河ぞいに、つくりたい。
冬のあいだ、ふた月かかる。
畑の少ない冬に、手を貸してほしい。
どの村でも、同じことを話した。
どの村でも、最後には、村長がうなずいた。
◇
冬の、いちばん寒い月の朝。
城下の広場に、人が集まった。
渡し場の村の人たち。
城下の人たち。
大河ぞいの、ほかの村の人たちまで。
みんな、シャベルと、荷車の取っ手を、にぎっていた。
クラウス様が、広場のまんなかの、石段の上に立った。
広場を、ゆっくり、見わたす。
ひとりも、欠けていなかった。
白い息が、ひとつ。
「道をつくる」
ひとことだけだった。
広場が、しんとした。
それから、村長が、シャベルを、空につきあげた。
「おう!」
広場じゅうの声が、それに続いた。
そこへ、北の山のほうから、馬そりが三台、すべりこんできた。
先頭のそりの手綱をにぎっているのは、フィンくんだった。
「おねえさん!」
フィンくんは、そりから飛びおりると、クラウス様の前に、まっすぐ立った。
「おばあから。『この冬じゅう、孫を、雪の中で働かせるんだろう。凍らせたら、承知しないよ』って」
クラウス様は、一瞬、目をまるくして。
それから、まじめな顔で、フィンくんに、頭を下げた。
「凍らせない。一度も。……そう、伝えてくれ」
うしろのそりから、雪見村の若い人たちが、五人、おりてきた。
◇
やり方は、こうだった。
朝、いちばん先を、村の若い人たちが進む。
雪に、細いみぞを、一本だけ掘っていく。私の手が、昔の土にとどくだけの。
そのあとを、私が歩く。
みぞの底に、手をついて。
眠っていた昔の土は、手がふれるだけで、目をさまして、黒く変わっていった。
まわりの雪は、その上から、じわじわと溶けていく。
昔の土が、流されたり、くずれたりして、なくなっているところもあった。
そこには、渡し場の村の人たちが、荷車で運んできたがれきを、敷いていく。
がれきでも、私の手で、土になる。
眠っている昔の土を起こすより、少し、時間と手間がかかるけれど。
道しるべの石の列が、たおれているところは、雪見村の人たちが、ならべなおす。
そして、クラウス様。
支流には、氷の橋。
崖が川まで落ちこんでいるところには、川の上に、氷の棚。
吹きだまりのできる風上には、氷の垣根。
一日に、歩けるだけ。
それが、毎日、続いた。
「王都までつながりゃ、もう、関所で荷を止められずにすむ。麦だって、よその商会から運べる」
がれきの荷車を止めた村長が、白い息をはいて、道の先を見ていた。
◇
十日めの夕方だった。
がれきを積んだ荷車が、私のつくった道の上で、がくん、と止まった。
車輪が、黒い土の中の、ひとつの穴に、はまっていた。
手のひらくらいの大きさ。
土になりきらなかった、がれきのかたまりが、そこだけ、ごろりと残っていた。
その日、私は、朝から、手をつきどおしだった。
指先が、もう、じんじんしていた。
「おねえさん」
うしろから、小さな手が、私のそでを引いた。
フィンくんだった。
「あれ、おれ、やってもいい?」
「……いいよ。ゆっくりね」
フィンくんは、車輪の横に、しゃがんだ。
がれきのかたまりに、両手をのせる。
長いこと、そうしていた。
鼻の頭が、まっかになった。
手をどけると、穴の中が、黒い土で、埋まっていた。
村の男の人たちが、荷車を押した。
車輪が、ごとり、と穴をこえて、そのまま、道の先へ、進んでいった。
「……できた」
「できたね」
うしろで、雪見村の若い人たちが、わっと、フィンくんの頭をなでまわした。
つぎの日から、私がつくった道のあとを、フィンくんが、ついて歩くようになった。
土になりきらなかった、小さなかたまりを、ひとつずつ、さがしながら。
◇
夜は、大河ぞいの村に、宿を借りた。
宿の部屋で、私は、クラウス様の手を、両手で包む。
毎晩、ためしている。
冷たくないか。霜が、降りていないか。
「大丈夫だ」
クラウス様は、毎晩、そう言った。
本当に、大丈夫だった。
秋に、十日もつ氷の板をつくったときは、夜中に、霜をこぼした。
でも、氷の橋も、氷の棚も、氷の垣根も、一つ一つは、短い。毎日、いくつもつくっても、クラウス様の手は、朝まで、あたたかかった。
「渡し場の壁は、大河のはばいっぱいに、一晩で立てた」
ある夜、クラウス様が言った。
「橋は、短い。ひとつかけたら、次の支流まで、手を休められる」
クラウス様は、私の手を、裏がえした。
一日じゅう、土に手をついていた、まっ黒な手のひら。
「……君のほうが、大変だろう」
そう言って、クラウス様は、私を、だきしめた。
フィンくんにも、道づくりの役目ができました。
次回、「最初の荷車」。城から、ミレイユの手紙が届きます。
☆何個でもいいので、つけてください!




